2026年04月17日

辺野古事故からの考察@

教師や記者はなぜ左派になるのか 同志社国際高にも見られる独善的な選民意識

【産経新聞電子版 2026/4/5 13:00】

沖縄県名護市辺野古沖で「平和学習」中の同志社国際高校の生徒が乗った抗議船が転覆し2人が死亡した事故は、教育現場の政治性を改めて浮き彫りにした。同校では数年前の平和学習でも、抗議団体の座り込みに参加を呼び掛ける文書を配布しており、学校による政治的活動を禁じた教育基本法に長年抵触していた可能性もある。

もはや、「平和学習」=「反米」「反政権」という左派的な考え方に偏った教員が珍しくない学校であることは否定できないだろう。

先の衆院選では共産、社民などの左派系政党が軒並み惨敗し、保守系である高市早苗内閣の支持率は7割近くを維持している。もちろん国民全員が多数派に与する必要は全くないのだが、一部の職種や職場に限ると左派の割合が高すぎないか。

教育現場は、大学なども含めて「学問の自由」が叫ばれ、メディアも「報道の自由」「言論の自由」を金科玉条のように訴える。確かに大事な理念ではあるが、普通に働いている会社員は「営業の自由」や「販売の自由」などとは言わない。

教員も記者も同じサラリーマンでありながら、何か自分たちだけが崇高な職業に就いていると勘違いしてはいないか。「○○の自由」を声高に叫ぶ職業ほど左派の割合が高い気がする。


辺野古沖での転覆事故から一か月になろうとしている。この事故の原因の背景には複合的なものが存在しているが、メディアの取り扱いは産経新聞を除いて極めて消極的である。この件は後日触れるとして、この記事が指摘している学校教育の平和学習については私たち世代も学校教育で陰に陽に影響を受けてきた。

私が中学1年の頃は学テ闘争の最中で、岩教祖の活動がピークを迎えた頃であった。職員会議なのか組合会議なのか定かではないが朝の会議が長引いて一時間目の授業が自習になったなったことは度々あったほどである。東磐井地区は岩教祖の活動が県内でも活発な方で、社会の授業でも直接的話法ではなかったが天皇制についても否定的な意見を匂わす教師が存在したことは事実である。幸いにして私の家庭教育の中でそうした偏った思想に偏向することをよしとしなかったので私は影響を受けることはなかった。違う見方で言えば純粋無垢な生徒ではなかったということなのか。

戦後、GHQが植えつけた「日本人が犯した戦争の罪に対する贖罪意識」が組合活動にも反映されてきた。その影響で我が国への原爆投下の事実から放射線教育についても避けられてきたのではと私は感じている。この基礎的な学習機会を得ていないことが放射線はゼロでなければ絶対的な安全はないという考え方に引っ張られて、科学的な対応が損なわれた感がする。

話が逸れてしまったが、学校教育における平和学習の在り方はこの事故を機として再考すべきである。
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2026年04月15日

2月定例議会回顧A

今週は閉会中の常任委員会等の会議が行われました。年度替わりということで所管の常任委員会の人事異動紹介や県幹部の新体制の紹介がありました。移動された幹部職員は6月定例議会までに自組織の把握と自らの方針を定めなければなりません。新しい職務に就いての議会答弁が控えています。この県職員の対応力にはいつもながら感心しているところです。

予算特別委員会の部局別審査の振り返りがまだ中途でしたので、今後の施策展開方向も見据えた論点整理もここで併せてしていきたいと思います。

【教育委員会】

教育委員会審査で取り上げたのは以下3点

@不祥事事案の撲滅について

令和7年度は教職員の逮捕事案が6件にも及び由々しき事態が継続している。なぜこうした事案が続くのか。今までの対応策の検証が必要ではないのか。今までとは全く別のアプローチをしなければ問題は解決しない。教育長の撲滅に対する覚悟と方策を問う。

A小規模高校の維持存続について

従来にあった通学距離の壁や高校授業料無償化による私学進学の認識の変化によって生徒の志望動機が大きく変化している。このような状況に加え、特に人口減少が著しい中山間地の地域の県立高校の規模縮小が激化をすることは必至である。県教委は以前より小規模校の維持存続に関して一定の理解を示してきたが、あらためて基本的スタンスを確認する。

B産業人の養成機関としての高校教育の在り方について。生徒数が減少していく中において高校の魅力化と産業人材の育成との両立は困難を伴う。生徒減少に危機感を感じ取り地域が組織を立ち上げてすでに動き出している大東高校の事例から、魅力化について立案したリニューアル案について県教委はどのような対応をするのか方針を伺う。

@については外部の専門家との協力を得ながら、新たな取り組みを実施するとの答弁でした。社会との接点が弱いので危機意識が足りないのではないかと分析を強く迫りました。しかし、残念ながらこの審査後にも新たな事案が発生し、教育長の減棒にも至る残念な結果となりました。本県教育への信頼を揺るがすことになるのでしっかりスケジュールを内外に示して不退転の決意で対応してほしいものです。

ABについては今後交付金化される財源の活用法と合わせて、大東高校の「未来へつなぐ大東高校プロジェクト」を事例となった地域との意思と一体となった取組を県教委も十分に間口を広げて対応するように強く求めたところです。


時代は我々の時代と大きく変化をしています。大東高校の入学式に参列して一層厳しさを実感することになりました。来週には「未来へつなぐ大東高校プロジェクト」の今年度では初めての会議があります。気持ちを強くして皆さん共に動いていきたいと思います。
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2026年04月09日

D.ロープス氏逝去

70年代を中心に活躍したD.ロープス氏が亡くなられたと報道がありました。享年80歳。

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【1976年のTOPPSベースボールカードより】


私がファンだったシンシナチ・レッズのナショナル・リーグ西地区のライバルチームであるロスアンゼルス・ドジャースの核弾頭で二塁手でした。私が70年代のメジャーリーグに直に触れるようになったのは70年代後半ですが、この頃のメジャーリーグの野球が一番私の性に合っていて、特にスピードのある選手が好みでした。

ロープス選手は晩年になってカブスに移籍してからも年に40盗塁を達成するなど足の衰えはなかった選手でした。全盛期の20代前半には盗塁王を獲得したこともあります。

私は70年代後半のレッズとドジャースの当時のスタメンは今でもソラで言えるほど印象が強いものがあります。ドジャースは74年にナ・リーグを制覇。しかし75年と76年のペナントレースではレッズの後塵を拝しましたが、77年には大補強を行い77年と78年には再びナ・リーグの覇者に返り咲きます。ロープス選手はリードオフマンの仕事を見事に果たしていました。スライディングのスピードは驚異的でした。

あれから半世紀が経過し、時の流れに逆らうことは出来ないのは承知をしていますが、記憶の欠片が一つ一つ欠けていくのは寂しい思いがします。同じポジションのレッズのJ・モーガン氏もすでに逝去されており、これからは天国でしのぎを削ったライバルチーム同士の激闘を話し合えるかもしれません。

豊かなMLBベースボールを見せてもらい感謝しています。安らかにお眠り下さい。

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2026年04月07日

他山の石とせよ

社民党の党首選挙後における新党首の記者会見が大荒れになって、あの望月イソ子記者がまともに見えるくらいの惨状でした。(自民党ですら敗者の弁があるとはよくその口が言えたものだとは思いましたが)それにしても会見の仕切りが酷すぎました。あの会見の様子がネットで大バズリすればするほど党への信頼は上がることはまずありえないでしょう。

しかし、あの場を修正できる人は福島党首しかいないのに司会者のいうがままに任せておいたのが最も情けないと感じました。やはり福島瑞穂という人は党の名を借りて自らの国会議員という身分を保全するためだけに生きている人なのだということを確信しました。

辺野古沖の事故の件に関しても、支援している団体が社民党もしくは旧社会党を支持している団体が辺野古基金に拠出している事実、その基金を活用した反対運動をしている事実を踏まえればメディアに対しても責任あるコメントを出すべきです。それができないなら公党としての資格を失っていると私は思います。

私は、以前は社民系の関係者とも良好にお話をできる環境を諸先輩方につくって頂き、選挙でも支援も頂きました。地域政党いわてを旗揚げした途端に党ではなく労組の方から一方的に絶縁を宣言され今日に至っております。私自身は椎名素夫先生の考え方に心酔し政治活動の方向性を定めつつある時期だったことや、政治とはこういうこともあると割り切って考えておりますので今では何も遺恨はありません。しかしながら、ご縁を通じて同じ会派で活動した社民党所属の久保孝喜氏や木村幸弘議員との交流によって大変有意義な時間を過ごした時間は忘れることができません。また、最近とても愛おしく感じる時があります。そのことに思いをめぐらすと今回の社民党の体たらくぶりには残念に思うところもあります。

55年体制の終焉とともに社会の大きな変革に社民党本部はついていけませんでした。また今回の記者会見によってさらに党運営は困難を極めることでしょう。組織が縮んでいくときに何をすべきなのかよくよく考えさせれる出来ごとでした。

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2026年04月05日

2026岩手競馬開幕

本日は岩手競馬今シーズンの開幕日。今年もオープニングセレモニーに出席してきました。多くの家族連れのファンで賑わっておりました。大変結構なことです。若い人が来てもらうことは競馬が博打から娯楽に移行していく良い傾向になっていると感じました。場内を一通り歩いてみましたが水沢競馬場はやはり親父臭で溢れています💦

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達増管理者の挨拶時には静かにしているようにと競馬組合の職員からたしなめられ💣、その間時間を持て余すので郷右近新副管理者の姿を凝視していました💧

馬券は1レースのみの購入。パドックとタイムだけで点数を絞りに絞って買いましたが、1着と2着は予想的中しましたが3着に来たのが取捨に最後まで迷った馬。ということではずれ。まぁ欲をかくとこんなものです。今シーズンの初当たりはいつになるのでしょうか。

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3月にデビューした斉藤友香騎手の近影。お顔が黒いマスクで覆われていて表情が撮れませんでした。勝負服は父である斉藤調教師、その前の師匠の小西重征元騎手と同じもの。こうして師匠から弟子へと受け継がれていくところに競馬のロマンがありますね。

新副官である新沼司氏に水沢競馬場の装鞍所並びに騎手の調整ルームの早期改築を要望。新しい有為な人材を入れていくにはまずは環境整備をしなくてはなりません。売上が安定している今しかできないことです。

今年も事故なく岩手競馬が盛り上がることを期待しております。
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2026年04月04日

健康が第一

年度替わりの初めての投稿なのに、ちょっと深刻な話題。

中学校時代の同級生が急逝し、葬儀に参列してきました。2月末に体調が悪くなって入院したところ原因がわからず転院、一か月も経たないうちに亡くなりました。本当に命の儚さを痛感する葬儀でした。

一方、メジャーリーグで活躍したアトランタブレーブスのチッパー・ジョーンズ氏が癌で闘病中、マリナーズのジェイ・ビューナー氏もパーキンソン病に罹患したとのニュースがネットで密やかに流れていました。

この二人は年も私と同じくらいで個人的にショックを受けています。

人生80年とはいいつつ、年々免疫力の低下は感じているこの頃であり、肉体的にも精神的にも健康であるために少しづつ新しい取組をしなければと痛感しているこの頃です。
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2026年03月31日

令和7年の年度末

怒涛の3月も今日で終わり。明日からは新年度のスタートです。
官公庁では本日はお別れの日。各職場で退職される方や移動のある方にねぎらいの言葉がかけられた日となったことでしょう。

あまり記したくはないのですが、幹部職員の問題がいまだに庁内では取沙汰されているようで(当然!)これから調査団が組織されるようになると心当たりのある人は自分まで及ぶのかと戦々恐々になっているとかいないとか。

そもそも「俺は聞いてない!」がはこびる庁内風土が蔓延していたのが原因であり、そこを完全に遮断しない限り、第三第四の事象は起こりえます。そこを俯瞰し監督でするのがトップの役目なのですが、ほとんど期待できないの現状です。組織健全化にトカゲの尻尾きりには終わらせないことが重要なのですが、トップにその自覚がありやなしや。

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私がリーダーの手本としている武田信玄。並みいる地方豪族を上手く束ねて、「人は石垣、人は城」の家臣団の組織化を図りました。真田を配下に仕立てるなどは並みのリーダーでは不可能です。トップが荒馬を使いこなせてこそ組織は弾力に富むもの。達増知事は明日からどうやって部下の人心を立て直すのでしょうか。まさか自分に火の粉がかかることだけを考えてはいないでしょうね。

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2026年03月29日

週末は上京

週末は2件の要件があり、上京しました。

1件目は1984年に三井倉庫入社した同期会でした。今月末に増田君が退職するということで現監査役の木納君の計らいで集合し旧交を温めました。1988年の3月末に私が、同年7月に山田君が家業を継承するために先に退職。桑島君はここ3年ほど前に退職されています。早乙女君は現在関西に出向して社長をされているそうです。残念ながら桑島君と早乙女君は都合のため欠席でした。

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12年ぶりの再会は、現三井倉庫の近況、年代の近い仲間のこと、健康のこと、家族のこと、各々の近況を語り合いあっという間に時間が過ぎました。寄る年波には逆らえずお互いにガタがきている同年代ですが、6人全員元気で過ごしていることに感謝です。

2014年の11月に再会を果たしてます。入社30年という節目の時に私から木納君に頼んだことがきっかけだったように思います。6人全員の参加でした。我々が入社した昭和59年(1984年)は全支店で女性社員の採用ゼロという悪魔の年で、6人ぽっきりの入社でした。箱崎の本社で採用された本社屋も現在立派に再建を果たして元の場所に立地されています。木納君の案内で本社屋の中も見学させてもらいました。私は現業部門でしが働いたことがないのでこうした近代的なオフィスをみると目がくらみます。来年と再来年も開催するという約束をして別れました。

2件目は成蹊大学の地方代表者会議への出席です。岩手県の同窓会代表として本校で開催されました。学長も出席されて本校の近況と今年の受験者は新学部開設ということもあり過去最高の人数だったそうです。母校が発展していく様子を聞くと誇らしいものです。

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翌日は桜祭が開催され、桜もちょうど満開✨吉祥寺の街も発展し、私が学生の頃と比較すると賑わいぶりは目を見張るものがありました。
posted by 飯沢ただし at 23:23| 岩手 ☀| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年03月26日

橋田宜長調教師が初勝利!

橋田宜長調教師、JRA初勝利

【ラジオNIKKEI電子版 2026/03/22 19:04更新】

中京11レースで、18番アイサンサン(幸英明騎手)が1着となり、同馬を管理する橋田宜長調教師(栗東)は、JRA初勝利を挙げた。

橋田宜長調教師のコメント
「佐々木先生にうまく引き継いでいただいて、こういう風な素晴らしい贈り物を頂いたなという気持ちです。この馬にとってはこれからもっと競走馬生活がありますから、しっかりと向き合ってやっていきたいですし、アイサンサンだけでなく、全ての関わらせていただける馬と、しっかりと向き合って進んでいきたいと思っています。それぞれの馬の才能を引き出してあげられるような、そうした準備ができている厩舎をやっていきたいです。(重賞で初勝利を飾ったことに対し)調教師は学校の先生みたいなものだと思っていまして、そういう素晴らしい才能に出会えたことはすごく幸運だなと思います」
(JRA発表による)


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橋田先生おめでとうございます。遠野馬の里でご活躍を頂いている御父上やお姉様もさぞお喜びのことと存じます。

しかし、初勝利が初重賞(愛知杯GV)とは恐れ入りました。幸騎手も上手く乗りましたね。これからのご活躍を心から祈念致します。

単勝27.6倍、3連単はなんと7,339倍 ヒモも大荒れ!こういう時にこそ手広くいかないと・・・反省の日々が続きます💧
posted by 飯沢ただし at 22:57| 岩手 ☔| Comment(0) | My Favorites 【お気に入り】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年03月25日

2月定例議会回顧@

今議会は衆院選後の知事コメントに対して自民党会派からの認識を問うことから始まって、医療局管理者議案の撤回、最終本会議は幹部職員のパワハラ等疑惑に終わり、いろいろなことがありました。特に最終本会議の雰囲気が落ち込むものとなり残念なことに後味の悪い形で閉会となりました。加えて退職される幹部職員に慰労をする予定だった県政3者懇談会も流れてしまったことも心に何かを残した気分になってしまいました。

地元紙の回顧記事では、予算特別委員会での議論が低調のような書きっぷりでしたが、私の印象では自民党会派の1回生の議員が丹念に調査されて積極的に提案を交えた議論していたと感じました。自民党も変わってきていると感じます。実は、予算案に関しては最後の最後まで予算の修正、組み換えの検討が水面下で行っていましたが、大局的見地に立って今議会は見送ることにしました。

私は総務常任委員会に所属しており、総務委員会で所管している部局に対して質問することは例が少ないのですが(と言いつつ私は予算関連案件ならば躊躇なく質問している方です)、2部局で質問に立ちました。

【ふるさと振興部】
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県政150周年の記念イベントについて。本来であれば今年令和8年が現在の県境が定まった本当の150周年であることを繰り返し確認しました。達増知事が以前本会議で盛岡県が岩手県になったことを期としたことを岩手県の成立と明言したのは正確ではないということを明確にしておかないと県政施策全般に歪みが生じることになります。私はこの点はこだわります。予定されているイベントのうち高校生海外派遣については評価しましたが、パレードなどイベント会社にお金を落とし、三プロと同様に沿岸広域振興局の職員に負担をかけそうな案件には見直しを迫りました。他県のように県産物に150周年の付加価値をつけて物販に力を入れてお金を生み出す企画が本県が乏しいのは寂しい限りです。予算の有効的な使い方を工夫してほしいものです。これは本県の商工部門の脆弱性に起因していると私は分析しています。

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【ILC推進局】
質問は用意していませんでしたが、質問者の対する副局長の答弁が評論家のような形で熱意が感じられず、思わず手を挙げて関連質問を行いました。ILCの実現が針の穴状態から少しは広くなった状況に変化した中で何としても取りに行くという姿勢なくして実現など漕ぎつくわけはありません。部局全体で一丸となった体制が不可欠なのです。植野局長とは常に密に情報交換をしていますが、あえて全委員の前で局長の姿勢を明らかにしてもらいました。

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👆この写真、わが会派の佐々木努副議長とハクセル美穂子議員のカメラ目線が気になります💦
posted by 飯沢ただし at 23:54| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする