2022年04月08日

朝ドラ『カムカム』最終回(T_T)

最近の朝のルーティンは、7時30分から8時15分までNHKBSとNHK地上波に釘づけで朝ドラを二度見。

本日で『カムカム エブリバディ』最終話となりました。放映されたこの半年間辛いシーンもあったけど最後はハッピーに終わって良かったと思います。

普段あまり朝ドラを観ない妻も『あまちゃん』以来毎日楽しみにしていたと言っておりました。

親子3代の主人公をそれぞれ設定したしたのは『おしん』以来でしょうか?でも『おしん』は1年間ぶっ通しでやってましたからね。

ラジオ英会話を話題機軸にという当初の番宣ではそのように説明していたけれど、中身は相当深く濃かったです。

太平洋戦争の戦中、戦後の混乱期、高度経済成長期、現代という時間軸で親子の愛情の姿をとらえていて、ラジオ英会話だけでなくサッチモのSunnyside Street・あんこ・モモケン・野球(ベースボール)・おんぶ(まだあるかもしれない)が共通の伏線として敷かれ、物語に上手に織り込まれていたと思います。

それだけではなく「雉真」の足袋や制服、「赤螺」の雑貨や電気製品、音楽のジャズの要素も縦に横に物語を紡いでいたし、脇役の俳優陣も存在感がありました。それだけでも十分に楽しめる要素がありました。

中でも我が家ではジョーを発掘した大阪の喫茶店のマスターが若くして亡くなった親類の金野和彦さんを思い出させて、最後岡山のコンサートに再登場したときは出てきた瞬間に涙、涙でした。

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あんこをつくるときに唱えた「美味しゅうなれ。美味しゅうなれ。」のおまじないはこの物語を貫く愛情を象徴することばだったのですね。100年という月日が流れ幾多の困難に遭遇したけれどそれを乗り越えたのも愛情、そして愛情の形は未来に向かっても不変ということですね。

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ヒロイン3人とも素敵だったけれど、深津絵里さんの演技力には驚きました。顔の表情だけで演技できる俳優はそうはいません。


今、ロシアの理不尽なウクライナ侵攻があり、戦争の悲惨さをリアルタイムで伝わることになっています。戦争は人間の狂気を引き起こし、命の尊厳を不条理に奪ってしまう現実を目の当たりにしています。第二次世界大戦時に陸軍将校でシベリア抑留の経験があった町内の大先輩から「飯澤さん、戦争は絶対に起こしてはならないよ。」という言葉が頭を巡ります。

この安子さんの旦那さん雉真稔さんが戦争で散華されるのが『カムカム』の出発点でもありました。

一日も早く停戦に持ち込みウクライナに平和な日が戻るようにできることを皆でしていかねばなりません。
posted by 飯沢ただし at 14:41| 岩手 ☀| Comment(0) | My Boom【密かなマイブーム】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月02日

マルチタレント?

本日の岩手日報4面に学校法人 一関学院の理事長に元岩手県議会議長の佐々木一榮氏が就任したと掲載されておりました。一榮さんは高校の二級先輩、県議会でもご指導を頂きました。ご活躍を祈念致します。


新年度に入り新しい人事での活動が各地で始動しているようです。

理事長といえば岩手県立大学の理事長職にあられる方が県内有力企業の役員に名を連ねておりました。ある県民からの通報により私も急ぎ確認し、ご本人であることも併せて確認できました。

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【4月2日 岩手日報紙朝刊 5面より】


この方は副知事を退職後に任期を残していた遠藤達雄理事長の席に押し込んで入り、その後岩手県の選挙管理委員にもめでたく就任され能力の高さが内外からも認知されていると諷されておるようです。この度さらに民間企業の役員にまでご就任となられたようです。

私は過去に副知事の要職をお勤めになられた方をたくさん存じております。退職後は県政発展のために陰ながら後輩の活躍を見守られ、地道にご努力をされてきた方々の姿が目に浮かびます。しかし、この方ほど活躍のウイングを広げられた方は知りません。なかんづく副知事経験者が県選管の委員に名を連ねるだけでも普通ではありません。

コロナ禍の厳しいご時世に、ただでさえ県職員の天下りがマスコミで話題になっている中で県民から周囲からどのような評価がされるのか大いに関心が高まっております。

県立大学の理事長職はやりようによっては、かなり多忙な役職だと私は思いますがいかがでしょうか。
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2022年03月31日

おセンチになる今年の年度末

本日は令和3年度の末日。

昭和36年4月2日から昭和37年3月31日生まれの60歳を迎えた私と同期のお勤めの方々は一つの区切りを迎えました。

例年同じことが繰り返されているのですが、今年の年度末はいつになく重く受け止まました。明日からは別の職場や同じ会社働くケースでも身分が異なる人がほとんどになります。いわゆる人生の一区切りという時期を迎えたということです。

私も大学を出て4年間だけ他の会社で給料を頂く生活をしていましたので、入社当時のことを振り返りながら考えると感慨深いものがあります。昭和59年4月はちょうどバブル景気が始まる前でした。昭和62年頃から株価が倍ぐらいに上昇して、社内の持ち株を保有していた年配の社員は株を一部手放す人が多くいたことを記憶しています。当時は大きな社会不安など無縁な世相でした。今の閉塞した社会情勢からみると隔世の感があります。

爾来38年間。晩節は責任あるポジションを与えられて一線を退く方々の心境に思いを寄せると、こみ上げるものがあります。

私は37歳で初当選以来明日から議員生活は24年目に突入となりますが、県庁や一関市の職員のほとんどは明日からは特別職を除いて年下の方々となります。このことは自分にとってより責任ある言動や行動が求められるとの自覚を嫌が上でも求められます。

本日のテレビのニュースで盛岡市の藤尾善一副市長が本日で退任とのニュースが流れていました。元県職員である藤尾氏(当時は総括課長級の身分?)から20年以上前の県政三者懇談会で「これからは議員も政策重視で」と強く言われたことをパッと思い出しました。

藤尾氏は競馬組合副管理者も歴任されており、競馬開幕日に知事に当選したばかりの達増管理者に騎手のコスチュームを着せたのは関係者の間では有名な話。今となって誰もそんなことはさせられないでしょう。

一旦の区切りを迎えた方々にはこれからは今までかかってきたストレスからは解放されることでしょうが、健康に留意されて第二の人生を豊かに過ごされることを心からお祈りいたします。

私はまだまだ現役で頑張ります。
posted by 飯沢ただし at 23:53| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月30日

見直しか中止か

先週の25日に閉会した2月定例会。執行部が提案した議案はすべて可決されました。

令和4年度予算については、付帯意見もめぐって経過はありましたが、「いわて県民クラブ」が主張していた人口減少対策について若年女性の県外流出に歯止めをかけるため、働く女性が抱える困難などの課題を的確に把握した上で、生み育て環境の整備を図るほか、中期的な戦略的施策を講じること。が全面的に採用されました。

来年度は岩手県民計画の第二期アクションプランの策定時期にも当たりますので、執行当局はこの付帯意見をしっかりと受け止めてほしいです。


さて、最終本会議の賛否が分かれたのは2つの請願に関わるものでしたが、そのうちの一つが「水田活用の直接支払い交付金の見直し」をめぐってのものでした。これに関して

1)農協中央会と土地連の両会長名で出された請願は、制度設計の改良を国に要請するもの
2)農民運動岩手県連合会から出された請願は、見直しはおこなわず中止を国に要請するもの

の二本の請願が提出されていました。

正直なところ、この「見直し」の政府のアナウンスには唐突感が否めず、来年度を控えて一方的な単価の引き下げに生産現場から悲鳴があがったのは無理のない状況でした。

しかしながら、1)の農業団体が即刻中止を求めなかったのは過去の減反政策等の制度変更に関しては抵抗してみたものの結局は押し切られた経緯や米消費が年々落ち込んでいる中に強気になれない背景や後々に足らざる支援策を求めたほうが実利に合うとの判断があったと推察するものです。

中止を支持した会派や議員はそもそも現政府が進めている農業施策に対して否定的な考えを持っていて、今議会では一般質問から予算特別委員会でも熱心に議論を展開していました。そこには夏の闘いに向けた政治的なアピールの意味合いも含まれていたと思います。


本会議では1)の請願が多数を占めて、請願書に記載された内容で意見書が送付されることになりました。


新聞等では詳しく報道されませんでしたが、実は請願審査を付託された農林水産委会では2)の「中止」を求める委員が過半数を占めて「中止」の意見書が作られ可決されたのでした。ところが、1)の意見書を一部採択して「中止」の文面に盛り込むという不可思議な体裁の意見書が出てきてしまうということが起きました。まったく趣旨の違う標題の請願の二つをご都合でこのような扱いをしたのは聞いたことがありません。

結局、本会議では逆の結果となり農林水産委員会で成立した意見書は表に出ない結果になりました。委員会で1)の趣旨を無理くり差し込んだ理由は、農業団体から出された請願も無下には扱えないとクリンチ作戦に出たと推察しますが、この間の議論を聞いていた農林水産部の幹部職員はどういう感想であったか後から聞いてみたいと思います。

いずれにせよ、現場の混乱はいまだにおさまっていませんので、必要な支援、すなわち具体的には牧草に対する支援等は必要不可欠であり、営農組合の経営に大きな影響を与えることから、しっかりと現場の声を聞き留めて動いていきたいと思います。
posted by 飯沢ただし at 17:38| 岩手 ☀| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月21日

予算特別委員会が閉会す

19日(土)に三回目のワクチン接種をしました。
20日の午後になり多少の倦怠感はありましたが、今のところ特に体調に異常はありません。早く経口薬が認証され市中に頒布されることを期待します。注射💉はあまり得意ではないので。


今予算委員会も積極的に質問・提言・要望の発言を致しました。

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総務部・政策企画部・ふるさと振興部の質疑内容は既報の通りです。

【医療局】県立病院の医師の確保と感染症対策を含んだ地域病院の在り方について
【農林水産部】酪農の振興策と岩手産牛乳のブランド化と情報発信についてなど
【県土整備部】海上コンテナの動向について、国道343号渋民バイパス沿線の道の駅の整備、新笹ノ田トンネルの建設について

また、重要課題の一つにあげられている人口減少問題の対応については各々の部長に来年度の対応を質しました。

実現が困難な課題でも弛まずひるまず継続して訴えていくことが肝要と思っております。特に新笹ノ田トンネルには9万筆に及ぶ沿線住民の熱意が込められていますのであきらめるわけにはいきません。


上程された令和4年度の当初予算は全会一致で賛成となりました。私は150周年事業には問題があると今でも思っておりますが、この事業一つのために全予算を人質にとることはできません。しかしながら事業の中で安直な歴史認識を呈するようなことがあればこれからも黙ってはいませんので執行当局には正しい情報発信に努めていくことを求めていきます。

posted by 飯沢ただし at 00:34| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月20日

室根町の小学校は一つに統合に

いつもこのブログを見ていてくれている県職員の方が定年を待たずに退職との知らせが入り、とても寂しく複雑な思いが交錯しています。
問題意識を常に持った職員が一人一人と定年前に県庁を去ることに上層部はどのような思いをしているのでしょうか。

今となれば、ご本人の決断を尊重し、一度しかないこれからの人生に幸多かれと願うばかりです。

今日は室根地域の小学校2校の閉校式がありました。

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【室根西小学校の校旗返納】


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【室根東小学校の校旗返納】


室根西小学校は平成21年に上折壁小、釘子小、津谷川小が統合して新校舎は旧上折壁小に置かれ、室根東小学校も平成21年に折壁小、浜横沢小が統合して、新校舎は旧浜横沢小に置かれた経緯があります。

写真を見ると気が付くと思いますが2校とも室根山をシンボルにした校章、新調した校歌(作詞:室根出身の佐藤雅彦先生)も同じということで今回の統合は将来的には室根で一校に統合することを見込んでいたことが伺われます。

東小の場合は折壁小の分校が浜横沢小という歴史があり、本校を廃して分校に児童を寄せることにかなりの抵抗があった世代の住民も少なからずあったそうですが、統廃合を進めた小山寛村長は折壁小は耐震基準に達していないと理由で押し通したと聞きました。

推察するに当時の室根村財政に余裕があれば東西2校にすることなく一気に一本にしたかったところでしょう。

この13年の間に将来を見越して東西小の児童の交流も盛んに行ってきたこともあり、子どもたちは閉校の寂しさよりも来年度からの新しい学校生活にすでに気持ちが前向きに移っているような雰囲気を感じました。

さはさりながら両校児童の「お別れの言葉」や全員の合唱には胸を打たれるものがありました。

♪ありがとうの花が咲くよ 君の街にもホラいつか みんなが歌っているよ

♪忘れられない歌がある めぐり会いたい人がそこにいる ここはふるさと

最後の卒業生は室根中で、両校の子どもたちは新しい室根小で一所懸命学んでほしいと切に願います。
posted by 飯沢ただし at 21:44| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月19日

弥生の揺籃・・雑感

今週は大きな地震があり、脱線があった東北新幹線の復旧は来月になる見込みとか。いつでも地震は恐ろしいです。
岩手県南部は震度5強ですが、実際のところ6弱に近いものだっと思います。議会中のため議員会館に泊まっていたので家人から留守宅のウィスキーが3本破損との報告でしたが、実際は「山崎」のミニボトル1本で済みました。今回の地震は東西方向の横揺れだった模様です。

いずれにしてもあの携帯電話のビービー音は気持ちがいいものではありません。


東日本大震災以前の大きな地震の古い記憶といえば、昭和52年の宮城県沖地震にまでさかのぼります。当時高校一年生で古文の授業中でした。普段は生徒に毒づくT先生が窓を開けて足をかけて外に脱出を試みようと窓枠に片足をかけて動揺した場面は後々まで同級生の語り草になりました。


ここ数年、大学の後輩たちへの差し入れに「岩手の米」を戸田艇庫に送っているのですが、馴染みのお店の奥さんに「この時期になると飯澤さんが来ますよね〜」という話の続きで「なぜか地震の後に来るイメージが・・・」と言われてしまいました。確かに3月の地震は大震災の後は多いかもしれません。


私が学生時代とサラリーマン時代に過ごした1980年代は大きな災害もなく、景気もバブルに向かって少しづつ上向き傾向になっている時代で何の憂いもなく大学のクラブ活動や仕事、人との交流ができたいい時代でした。

体育会のセレクション選抜をしない大学は、コロナ禍にあって新入生の勧誘もままならず、部の存続も危うくなっていると聞きます。母校成蹊大学漕艇部も例外ではなく、OB会も積極的に新入生勧誘に助力をする方針です。なかなか直接的な支援は難しいので食糧支援で勘弁願っている状態です。

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【1981年の成蹊大 対抗フォア 「疾風(はやて)」クルーメンバー C斎藤(3)S島田(4)3伊藤(4)2飯澤(2)B近田(3)】

ここ2年中止となっている成蹊・成城・学習院の三大戦定期戦も開催される予定とか。後輩たちにはこの厳しい苦境を跳ね返して頑張ってほしいです。
posted by 飯沢ただし at 23:55| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月14日

今年は岩手県誕生147年

しつこいと言われるかもしれませんが私は150周年にこだわります。

達増知事は2月16日の知事演述の結びで「今年、岩手県は県政150周年を迎えました。」と言い切りました。

それは盛岡県が岩手県に名称を変更した明治5年(1872年)を起源とした発言です。

岩手県の県境が確定したのは明治9年(1876年)です。私たちが住んでいる県南地区(旧伊達藩領)は明治9年に岩手県に編入されました。
確かに今から50年前、岩手県政100周年の祝賀式典は、昭和47年(1972年)に行っていますが、

私が問題としているのは達増知事がいとも平然と今年は150周年と言明し、後に編入された盛岡県以外の地域に何の配慮も示さなかったこと。これは今後の盛岡地域以外の地域振興策にも大きく影響する話なのです。

これをあっさり150周年ですか、そうですね。と流すわけにはいかない。歴史認識だけにとどまらない問題です。

現に岩手県のホームページで「岩手県のあゆみ」の中で以下のように記載されています。

近世、四つの藩、明治維新

近世の岩手県は、北半は南部氏の盛岡藩領、南半は伊達氏の仙台藩領となりました。後に盛岡藩から八戸藩、仙台藩から一関藩が独立し、4つの藩から構成されていました。

明治時代に入り、維新直後は岩手県の行政区画は目まぐるしく変わりましたが、最終的には明治9年(1876年)5月に現在の県域が決定しました。岩手県誕生の記念すべき年です。


参考までに以下のデータを記しておきます。

明治4年(1871年)盛岡県は6郡494村で構成され、
人口319、486人 石高:25万3千石

明治4年(1871年)磐井県は4郡188村で構成され、
人口207、478人 石高:44万石

人口こそ10万人強の差があれど石高は20万石弱の差があった事実を我々はこの際よく知るべきです。

宮城県も150周年を迎えましたが、宮城県と岩手県は旧藩との兼ね合いがあり、まったく内容が違うのです。

達増知事が歴史事実ををしっかと認識したうえで、旧盛岡県以外の地域にも思いを寄せ、150周年事業を宮城県のように記念事業を物販に結びつけるなどの経済誘発事業案を出したなら私はこれほどこだわる必要はなかったでしょう。

知事の発する表現や言葉の重みは大きいのです。

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【初代県議会議長の写真を指して明治9年が真の岩手の誕生であることを主張する】
 

先の、ふるさと振興部の部局審査でこれら点を質しましたが、部長答弁はまず初年度である令和4年度の産業などの推移をパネル展示することなど事業内容と紹介し、後年何をするのかについては言明できませんでした。あくまで推察ですが、知事の思いつきで始まった150周年事業と思われます。

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【答弁する熊谷ふるさと振興部長】


私はこの件で旧藩地域の分断をするつもりはまったくありません。

先人が多くの苦難を乗り越えて現在の岩手県をつくってきたことを重く考えれば考えるほど、安直に150周年を迎えましたとの発言は容認できないのです。ふるさと振興部長が「明治9年は本県にとって重みのある年」との答弁は重く受け止めたいとは思いますが、いまだにスッキリしないのも事実です。

したがって私は令和4年が県政147周年として呼称してまいります。
posted by 飯沢ただし at 22:56| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月13日

スケールの差をまざまざと(嘆息)

本日NHKの日曜討論の番組で東日本大震災被災地3県知事の課題認識表明がありました。

毎年この時期には同内容の番組が編成されるのですが、宮城県知事の語る復興ポリシーには私はいつも共感するものがあります。

東日本大震災から今月11日で11年となったことを受けて、宮城、岩手、福島の3県の知事が13日、NHKの日曜討論に出演し、復興の現状や今後の課題などを語りました。

宮城県の村井知事は、被災地で人口減少が進んでいることについて、「ほかの地域に避難した人たちはなかなか戻ってこない。新しい産業を起こしているが、定住人口は減っており、交流人口で補うことが非常に重要だ。コロナ禍で交流人口は減っているが、ことしの宮城県誕生150年を契機に、地域に観光客が戻ってくるよう、今から対策を打っている」と述べました。

岩手県の達増知事は、「岩手の高齢化率は全国平均よりも高く、被災地の災害公営住宅ではさらに高くなっているため、1人で暮らすのお年寄などへの見守りが必要だ。また、代々一軒家で暮らしていた方がアパート形式の集合住宅で住んでいるケースもあり、新たなコミュニティー作りの支援も必要だ」と述べました。



岩手県も来年度県政150周年行事をすると表明していますが、先の「ふるさと振興部」の審査で私の質問に対して明確なビジョンと4年間行うとされた年次ごとの具体的な内容も示されませんでした。

ご覧のように宮城県は150周年を機に物販にもすでに150周年と銘打って事を進めています。方や県民との共通理解に留まり、方や戦略的に地域経済に貢献できる仕組みをすでに作っている。

短い時間で県の方針を示すのも知事の力量。今年もさらに大きく差をつけられました。残念ながらこれが現実なのです。

なお、福島県は原発事故という特殊な事情があるのでここでは話題に供しません。
posted by 飯沢ただし at 22:22| 岩手 ☔| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月12日

予算特別委員会審査から

今週から来年度予算を審査する予算特別委員会が設置されています。

今週は主に私の総務常任委員会が所管する部局審査が多く、いつもなら黙ってやり過ごすところなのですが(常任委員会で質問する機会があるという理由で)今回は達増知事が人口問題を初めて重要施策にあげるということで、どんな事業と仕掛けをするのか予算委員会で質しておかないとという強い義務感であえて総務部と政策企画部で私の問題意識をぶつけました。

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いわて県民クラブでは前々回の選挙時から人口減少問題に真正面に取り組むとして、佐々木努議員が結婚支援策を、千葉じゅんこ議員が若年女性の就業施策を、ハクセル美穂子議員が子どもへの医療費拡充を、工藤勝博議員が産業振興策で農業と観光施策を、私がILC実現を含んだ産業振興策全般をと各々が取り組んでいる政策を深堀し常時提言を続けているところです。

人口減少問題については達増知事はこれまで「いわて県民計画」を実行していれば達成できるとの一点張りでしたが、いよいよ実績が乏しくなり、重点施策に格上げしたというのが背景にあります。時すでに遅しの感はありありですが、やらないよりはましですので、格上げしたことには一定の評価はするところです。問題はその中身と執行体制です。

たしかに県は来年度予算の3つの重点施策(人口減少、DX、グリーン)で10億円余りの新たな予算を創出したと説明しましたが、人口減少対策でどのような取り組みをするのか洗い出してみると

確かに昨年比で予算額は増えています。ヤングケアラーや妊産婦への支援事業など新規事業もそこそこあります。事業も35あり、各部局からまんべんなく持ち寄ってる感はあります。

しかし、問題はそれらの持ち寄り事業を全体で進捗管理して進めていく組織建てになっていないことです。

誰がスーパーバイザーなのか、ヘッドクオーターはどこなのか、責任が明確化されていません。

野球チームに例えると、新しいチームが編成され招集されたとします。ベテラン(既存の事業)からルーキー(新規事業)まで一堂に会しました。しかし試合では各々頑張ってくれというのと同じです。そこにキャプテンもコーチもいない。監督(知事)何となく存在している雰囲気はあるが、実際は現場への細かい指示は期待できないポジションにいる監督です。

これでは結果は火を見るより明らかでありませんか。

総務部長は自身の責任感から一生懸命答弁しておりましたが、現時点で形がないもの方針が示されていないものには残念ながら答えられなかったという印象で、政策企画部長にあっては答弁の雰囲気から政策企画の本来保持すべき主導権をすでにほかに握られているようで私は深くは追及しませんでした。

予算を編成する総務部が財源が厳しい折に種々努力されたことは重々承知ですが、税金を投入するからには実効性を担保しなれば納税者への裏切りになることを忘れてはなりません。
posted by 飯沢ただし at 23:40| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする