2022年03月20日

室根町の小学校は一つに統合に

いつもこのブログを見ていてくれている県職員の方が定年を待たずに退職との知らせが入り、とても寂しく複雑な思いが交錯しています。
問題意識を常に持った職員が一人一人と定年前に県庁を去ることに上層部はどのような思いをしているのでしょうか。

今となれば、ご本人の決断を尊重し、一度しかないこれからの人生に幸多かれと願うばかりです。

今日は室根地域の小学校2校の閉校式がありました。

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【室根西小学校の校旗返納】


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【室根東小学校の校旗返納】


室根西小学校は平成21年に上折壁小、釘子小、津谷川小が統合して新校舎は旧上折壁小に置かれ、室根東小学校も平成21年に折壁小、浜横沢小が統合して、新校舎は旧浜横沢小に置かれた経緯があります。

写真を見ると気が付くと思いますが2校とも室根山をシンボルにした校章、新調した校歌(作詞:室根出身の佐藤雅彦先生)も同じということで今回の統合は将来的には室根で一校に統合することを見込んでいたことが伺われます。

東小の場合は折壁小の分校が浜横沢小という歴史があり、本校を廃して分校に児童を寄せることにかなりの抵抗があった世代の住民も少なからずあったそうですが、統廃合を進めた小山寛村長は折壁小は耐震基準に達していないと理由で押し通したと聞きました。

推察するに当時の室根村財政に余裕があれば東西2校にすることなく一気に一本にしたかったところでしょう。

この13年の間に将来を見越して東西小の児童の交流も盛んに行ってきたこともあり、子どもたちは閉校の寂しさよりも来年度からの新しい学校生活にすでに気持ちが前向きに移っているような雰囲気を感じました。

さはさりながら両校児童の「お別れの言葉」や全員の合唱には胸を打たれるものがありました。

♪ありがとうの花が咲くよ 君の街にもホラいつか みんなが歌っているよ

♪忘れられない歌がある めぐり会いたい人がそこにいる ここはふるさと

最後の卒業生は室根中で、両校の子どもたちは新しい室根小で一所懸命学んでほしいと切に願います。
posted by 飯沢ただし at 21:44| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月19日

弥生の揺籃・・雑感

今週は大きな地震があり、脱線があった東北新幹線の復旧は来月になる見込みとか。いつでも地震は恐ろしいです。
岩手県南部は震度5強ですが、実際のところ6弱に近いものだっと思います。議会中のため議員会館に泊まっていたので家人から留守宅のウィスキーが3本破損との報告でしたが、実際は「山崎」のミニボトル1本で済みました。今回の地震は東西方向の横揺れだった模様です。

いずれにしてもあの携帯電話のビービー音は気持ちがいいものではありません。


東日本大震災以前の大きな地震の古い記憶といえば、昭和52年の宮城県沖地震にまでさかのぼります。当時高校一年生で古文の授業中でした。普段は生徒に毒づくT先生が窓を開けて足をかけて外に脱出を試みようと窓枠に片足をかけて動揺した場面は後々まで同級生の語り草になりました。


ここ数年、大学の後輩たちへの差し入れに「岩手の米」を戸田艇庫に送っているのですが、馴染みのお店の奥さんに「この時期になると飯澤さんが来ますよね〜」という話の続きで「なぜか地震の後に来るイメージが・・・」と言われてしまいました。確かに3月の地震は大震災の後は多いかもしれません。


私が学生時代とサラリーマン時代に過ごした1980年代は大きな災害もなく、景気もバブルに向かって少しづつ上向き傾向になっている時代で何の憂いもなく大学のクラブ活動や仕事、人との交流ができたいい時代でした。

体育会のセレクション選抜をしない大学は、コロナ禍にあって新入生の勧誘もままならず、部の存続も危うくなっていると聞きます。母校成蹊大学漕艇部も例外ではなく、OB会も積極的に新入生勧誘に助力をする方針です。なかなか直接的な支援は難しいので食糧支援で勘弁願っている状態です。

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【1981年の成蹊大 対抗フォア 「疾風(はやて)」クルーメンバー C斎藤(3)S島田(4)3伊藤(4)2飯澤(2)B近田(3)】

ここ2年中止となっている成蹊・成城・学習院の三大戦定期戦も開催される予定とか。後輩たちにはこの厳しい苦境を跳ね返して頑張ってほしいです。
posted by 飯沢ただし at 23:55| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月14日

今年は岩手県誕生147年

しつこいと言われるかもしれませんが私は150周年にこだわります。

達増知事は2月16日の知事演述の結びで「今年、岩手県は県政150周年を迎えました。」と言い切りました。

それは盛岡県が岩手県に名称を変更した明治5年(1872年)を起源とした発言です。

岩手県の県境が確定したのは明治9年(1876年)です。私たちが住んでいる県南地区(旧伊達藩領)は明治9年に岩手県に編入されました。
確かに今から50年前、岩手県政100周年の祝賀式典は、昭和47年(1972年)に行っていますが、

私が問題としているのは達増知事がいとも平然と今年は150周年と言明し、後に編入された盛岡県以外の地域に何の配慮も示さなかったこと。これは今後の盛岡地域以外の地域振興策にも大きく影響する話なのです。

これをあっさり150周年ですか、そうですね。と流すわけにはいかない。歴史認識だけにとどまらない問題です。

現に岩手県のホームページで「岩手県のあゆみ」の中で以下のように記載されています。

近世、四つの藩、明治維新

近世の岩手県は、北半は南部氏の盛岡藩領、南半は伊達氏の仙台藩領となりました。後に盛岡藩から八戸藩、仙台藩から一関藩が独立し、4つの藩から構成されていました。

明治時代に入り、維新直後は岩手県の行政区画は目まぐるしく変わりましたが、最終的には明治9年(1876年)5月に現在の県域が決定しました。岩手県誕生の記念すべき年です。


参考までに以下のデータを記しておきます。

明治4年(1871年)盛岡県は6郡494村で構成され、
人口319、486人 石高:25万3千石

明治4年(1871年)磐井県は4郡188村で構成され、
人口207、478人 石高:44万石

人口こそ10万人強の差があれど石高は20万石弱の差があった事実を我々はこの際よく知るべきです。

宮城県も150周年を迎えましたが、宮城県と岩手県は旧藩との兼ね合いがあり、まったく内容が違うのです。

達増知事が歴史事実ををしっかと認識したうえで、旧盛岡県以外の地域にも思いを寄せ、150周年事業を宮城県のように記念事業を物販に結びつけるなどの経済誘発事業案を出したなら私はこれほどこだわる必要はなかったでしょう。

知事の発する表現や言葉の重みは大きいのです。

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【初代県議会議長の写真を指して明治9年が真の岩手の誕生であることを主張する】
 

先の、ふるさと振興部の部局審査でこれら点を質しましたが、部長答弁はまず初年度である令和4年度の産業などの推移をパネル展示することなど事業内容と紹介し、後年何をするのかについては言明できませんでした。あくまで推察ですが、知事の思いつきで始まった150周年事業と思われます。

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【答弁する熊谷ふるさと振興部長】


私はこの件で旧藩地域の分断をするつもりはまったくありません。

先人が多くの苦難を乗り越えて現在の岩手県をつくってきたことを重く考えれば考えるほど、安直に150周年を迎えましたとの発言は容認できないのです。ふるさと振興部長が「明治9年は本県にとって重みのある年」との答弁は重く受け止めたいとは思いますが、いまだにスッキリしないのも事実です。

したがって私は令和4年が県政147周年として呼称してまいります。
posted by 飯沢ただし at 22:56| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月13日

スケールの差をまざまざと(嘆息)

本日NHKの日曜討論の番組で東日本大震災被災地3県知事の課題認識表明がありました。

毎年この時期には同内容の番組が編成されるのですが、宮城県知事の語る復興ポリシーには私はいつも共感するものがあります。

東日本大震災から今月11日で11年となったことを受けて、宮城、岩手、福島の3県の知事が13日、NHKの日曜討論に出演し、復興の現状や今後の課題などを語りました。

宮城県の村井知事は、被災地で人口減少が進んでいることについて、「ほかの地域に避難した人たちはなかなか戻ってこない。新しい産業を起こしているが、定住人口は減っており、交流人口で補うことが非常に重要だ。コロナ禍で交流人口は減っているが、ことしの宮城県誕生150年を契機に、地域に観光客が戻ってくるよう、今から対策を打っている」と述べました。

岩手県の達増知事は、「岩手の高齢化率は全国平均よりも高く、被災地の災害公営住宅ではさらに高くなっているため、1人で暮らすのお年寄などへの見守りが必要だ。また、代々一軒家で暮らしていた方がアパート形式の集合住宅で住んでいるケースもあり、新たなコミュニティー作りの支援も必要だ」と述べました。



岩手県も来年度県政150周年行事をすると表明していますが、先の「ふるさと振興部」の審査で私の質問に対して明確なビジョンと4年間行うとされた年次ごとの具体的な内容も示されませんでした。

ご覧のように宮城県は150周年を機に物販にもすでに150周年と銘打って事を進めています。方や県民との共通理解に留まり、方や戦略的に地域経済に貢献できる仕組みをすでに作っている。

短い時間で県の方針を示すのも知事の力量。今年もさらに大きく差をつけられました。残念ながらこれが現実なのです。

なお、福島県は原発事故という特殊な事情があるのでここでは話題に供しません。
posted by 飯沢ただし at 22:22| 岩手 ☔| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月12日

予算特別委員会審査から

今週から来年度予算を審査する予算特別委員会が設置されています。

今週は主に私の総務常任委員会が所管する部局審査が多く、いつもなら黙ってやり過ごすところなのですが(常任委員会で質問する機会があるという理由で)今回は達増知事が人口問題を初めて重要施策にあげるということで、どんな事業と仕掛けをするのか予算委員会で質しておかないとという強い義務感であえて総務部と政策企画部で私の問題意識をぶつけました。

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いわて県民クラブでは前々回の選挙時から人口減少問題に真正面に取り組むとして、佐々木努議員が結婚支援策を、千葉じゅんこ議員が若年女性の就業施策を、ハクセル美穂子議員が子どもへの医療費拡充を、工藤勝博議員が産業振興策で農業と観光施策を、私がILC実現を含んだ産業振興策全般をと各々が取り組んでいる政策を深堀し常時提言を続けているところです。

人口減少問題については達増知事はこれまで「いわて県民計画」を実行していれば達成できるとの一点張りでしたが、いよいよ実績が乏しくなり、重点施策に格上げしたというのが背景にあります。時すでに遅しの感はありありですが、やらないよりはましですので、格上げしたことには一定の評価はするところです。問題はその中身と執行体制です。

たしかに県は来年度予算の3つの重点施策(人口減少、DX、グリーン)で10億円余りの新たな予算を創出したと説明しましたが、人口減少対策でどのような取り組みをするのか洗い出してみると

確かに昨年比で予算額は増えています。ヤングケアラーや妊産婦への支援事業など新規事業もそこそこあります。事業も35あり、各部局からまんべんなく持ち寄ってる感はあります。

しかし、問題はそれらの持ち寄り事業を全体で進捗管理して進めていく組織建てになっていないことです。

誰がスーパーバイザーなのか、ヘッドクオーターはどこなのか、責任が明確化されていません。

野球チームに例えると、新しいチームが編成され招集されたとします。ベテラン(既存の事業)からルーキー(新規事業)まで一堂に会しました。しかし試合では各々頑張ってくれというのと同じです。そこにキャプテンもコーチもいない。監督(知事)何となく存在している雰囲気はあるが、実際は現場への細かい指示は期待できないポジションにいる監督です。

これでは結果は火を見るより明らかでありませんか。

総務部長は自身の責任感から一生懸命答弁しておりましたが、現時点で形がないもの方針が示されていないものには残念ながら答えられなかったという印象で、政策企画部長にあっては答弁の雰囲気から政策企画の本来保持すべき主導権をすでにほかに握られているようで私は深くは追及しませんでした。

予算を編成する総務部が財源が厳しい折に種々努力されたことは重々承知ですが、税金を投入するからには実効性を担保しなれば納税者への裏切りになることを忘れてはなりません。
posted by 飯沢ただし at 23:40| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月11日

11度目の3.11

本日は東日本大震災発災の日から11年。

政府では国としての追悼式は昨年で一区切りをつけるとし、県がどのように関わるか気になっていましたが、大槌町と合同で追悼式を執り行うことになりました。この判断は正しかったと思います。私も議員として参加を致しました。

大槌町での追悼式は2回目。前回は大ホールで多くの来賓や町民が参加しての式でしたが、今回はコロナ感染症の影響もあり最小限に抑えての式となりました。

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大槌町で犠牲になられた方々の名簿が式次第とともに配布されました。多くの命が一瞬の自然の驚異に奪われたことに11年の時を越えて慄然とするものがあります。

折しもちょうど1年前に岩手県議会の議会発議で3月11日を「東日本大震災津波を語り継ぐ日」を条例として制定し、記憶を風化させることなく次世代の人たちへ、あの日の悲しみと教訓を伝承していくこととしました。

遺族代表の芳賀俊明さんが、「自分は奇跡的に救助されたが、失った家族を助けられなかった悔いと寂しさは今でも残る」との言葉は心にずしっと響くものがありました。とても芳賀さんの立場に自分を置き換えてその心の内を想像することさえ私は悲しくてできません。

「今を生きる我々は、しっかりと後世に伝える使命がある」と大槌町議会議長も追悼のことばで述べられていた通り、この日を決して風化させてはなりません。

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本日は、駐日米国大使夫妻も式に出席なされ、私の席の前が大使夫人の席でした。

大使ご夫妻は一般来賓と同じ待遇で参列されていましたが、これが米国、もしくは大使のお考えであるとしたらすばらしいと思います。(近くに座していた私は呼名献花の対象となっていないことにその場では式の仕切りに一人憤慨しておりました。事実はどうかわかりません。どうか大使ご夫妻のお考えであって欲しいと願うばかりです。)


ロシアのウクライナ侵攻で街ががれき化する様を映像に映るたびに、11年前の光景が重なります。しかし、相手が自然ではなく人が人を傷つけるなんて本当に馬鹿げています。国際社会の協力で一日も早い停戦にしていかねばなりません。
posted by 飯沢ただし at 23:56| 岩手 | Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月06日

国民の生活が守れなくなるのに

物流まひ、ロシア痛撃 コンテナ海路の大半が欧州で遮断

【日本経済新聞電子版 2022年3月6日 2:00】

欧米を中心とした制裁の強化で、ロシアの物流がまひ状態に陥りつつある。欧州連合(EU)の各国税関はロシア向け貨物に港湾を使用させず、同国のコンテナ取扱量の多くを占める海路が実質的に停止。希少資源や穀物の輸出に支障を来し、部品や製品の輸入も滞った。ロシア経済は事実上世界から遮断されつつある。モノの流れが止まることで世界経済にも影響を与える。

オランダの税関当局は「ロシア行きのコンテナをブロックした」と1日明らかにした。ロシアに対する新たな制裁のためとしており、荷物に制裁品が含まれていないか検査する。多くの荷物がロッテルダムで止まったままだ。独ハンブルクのターミナル運営会社もロシア発着コンテナの取り扱いを中止すると発表した。

ロシアの物流を担う主な港湾はバルト海に面するサンクトペテルブルクや黒海側のノボロシスク、極東のウラジオストクなどがある。ロシア港湾統計によると3港湾で2021年のロシアのコンテナ取扱量(563万TEU)の74%を占める。

アジアからロシアへの荷動きでは、超大型船で運んだコンテナをロッテルダムやハンブルクなどで中小型船に積み替えるのが一般的だ。しかし欧州主要港の税関がロシア向け貨物の積み替えを拒否したことでロシア行きはほぼ不可能となった。



海路からのロシアの物流がほぼ遮断された。EUの対応が早い。


以前書いたように以前は共産圏だけでも最低限のモノの動きで生活が可能だったが、現在はすべてワールドワイドでモノが動いている。プーチンは大事なところを無視していたのでは?見通しが甘かったね。


完全に物流動脈はストップでロシア国民はこの真冬に干上がって生活できなくなる。このままだと国内で暴動が起きるかもしれない。

国民を守れずしてそれでもまで軍事侵攻続けるの?
posted by 飯沢ただし at 23:57| 岩手 ☀| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月05日

オミクロン脅威が県議会にも

4日(金)は補正予算が主な議案の本会議採決が行われました。

ロシアによるウクライナ侵攻に断固講義する決議も諮られ、全会一致で可決されました。

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現在開会中の全国各地地方議会で同様の決議が上がっています。この決議を機に早期の平和的解決はもとより、国民生活に影響の出ない施策も国に対して提言していきます。

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全会一致とはいえ、第二会派の自民党所属議員全員が欠席という事態で行われた採決でした。感染を防ぐために今回の欠席はやむをえないことですが、いつも近くにいる同僚議員がいないのは本当に寂しい思いでした。


議員生活22年でこのようなことは初めてのケースであり、コロナ禍がひたひたと迫っている緊迫感を感じます。

今週末は念のため自宅で過ごします。
posted by 飯沢ただし at 23:55| 岩手 ☔| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月03日

こちらは身命を賭してやっている!

今日は総務常任委員会の審査日。

2月議会の中日に議案が付託される案件は主に補正予算案件。事業の確定による減額補正が多くなります。

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【私の席の列は事情があり私のみという図に】


今回は珍しい帆待ち案件があって、一つは県が予想以上に県税収入が上がり、その一定分を財政調整基金委に積みたてたこと。もう一つは国も予想以上に税収が上がり、地方に分け前があり(バブル期以来とのこと)、その分を県債管理基金に積み立てたこと。合わせて200憶強。こういうことは滅多にありません。その仕組み等について質問しました。

議案以外に私から

1)ILCの最新動向と県の今後の取り組み方
2)岩手県150周年記念事業について

関係当局に質しました。

1)本県にとって千年に一度の僥倖プロジェクトと言えるILCですが、コロナ禍という事情はあるにせよILC推進局は動きが鈍すぎる!というのが私の見方。第二期の有識者会議の中身の本質的な把握やこれからの動きに関してあまりにも受け身。主体的な動きを答弁からは察知できない状況。自分たちは(というか局長だけか?!)はこんなに頑張っているしか聞こえない。ということでこちらの語気も時間の経過とともにクレッションド。いずれ今の体制(局長)では前には進まない。これは明確です。予算特別委員会でも追及します。

2)盛岡県=岩手県という誤ったメッセージは正しておかねばならない。この事業の基本的コンセプトを明確にしなければ予算を通すわけにはいかないというのが私の今の心境。今日はジャブ程度でしたが、予特でさらに深堀します。

しかし、今思い起こしても知事演述における結びの断定は誤解を招く言い切りです。
posted by 飯沢ただし at 23:57| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年02月27日

国際協調を破ってまで・・・

刻々と深刻さを増すウクライナ情勢。

まさかロシアが東部地区のみならずウクライナ全土で侵攻作戦を行使するとは予想しませんでした。なぜなら軍事的侵攻を行えばロシアは世界から孤立し、信用まで落としてしまうのは目に見えているからです。

それでも実行に移さねばならないほどロシアは切羽詰まっていたのでしょうか。

それにしてもキエフでは市街地戦も勃発しており、市民への影響がとても心配です。

西側諸国はウクライナへ武器の供出や経済制裁が行っていくでしょうが、プーチン大統領の強硬な意志が見て取れ、ロシアは実利を得ない限り簡単には引き下がらないと思われます。無力感を禁じ得なく歯がゆい思いがつのります。

東西冷戦当時と明らかに違うのは、グローバル経済が確立した中でのこうした動きは世界全体へ経済の影響が出るということ。今までも局地での紛争はありましたが、ここまで大胆で挑戦的なものはありませんでした。

今までは燃料も比較的安定的に供給されていましたが、今回の件によって経済の安全弁も破壊され、今後予想もつかない事態になるかもしれません。

ロシアは経済的に孤立を深めるでしょうが、大きく経済的に台頭した中共と手を組むことによって抜け道は一定程度確保されます。アメリカは近年中共の脅威に重きを置いてきただけに、安全対策の転換が求められ、さらに脅威が増大した形になりました。

ウクライナの現状を見ると一夜にして普段の生活から恐怖へ一転する様は、とても現実とは思えませんが、我が国も決して傍観者ではいられません。この機に乗じて北朝鮮がミサイルを発射するなど極東地域にも緊迫感が漂い始めました。

日米同盟を基軸にした安全保障の点検、今回のような大国の横暴に対する国際ルールの確立などこの機にしっかりと議論を始めることが必要です。
posted by 飯沢ただし at 23:53| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする