2019年07月20日

テレビの娯楽番組の質は変わるべきだと考えます。

芸能事務所がらみのニュースが続いている。

J事務所大物プロデューサーの逝去と闇営業事件に関わる問題。

どちらも興味はあまりないが、二つの出来事によってこれからのテレビ娯楽番組は大きく変わる可能性がある、というより変わって欲しい。


最近はニュースがNHKの特定の自分に興味のあるドキュメンタリー番組しか見ないが、とにかくゴールデンタイムはお笑いタレント出演の番組が多すぎて、その時間帯に家にいるときはテレビを消している。製作費のコスパが良くてそこそこスポンサーがつけばテレビ局はそれで良しという風潮が長く続き過ぎたと思う。


結局、安易な娯楽番組を作り続けるから需要と供給先にバランスを欠くことになったのではないか。


メディアの中のテレビの威力は社会の変化に大きな影響を与えてたが、思うに近年のコマーシャリズム偏重の加速化とネット社会への急激な移行などでテレビ業界も大きな変革期を迎えていると思料する。今回の参議院選挙で初めて全国展開したNHKから国民を守る政党の主張もある意味で急所を突いているのではないか。例えば見たい人だけが受信料金を払うスクランブル化については私ももっともだとだと思う。

また、ニュース報道の偏向が過ぎると思われる局に対してネットなどでは公共電波のオークション化の意見も最近目立つようになってきた。


話が大きくずれてしまったが、娯楽番組の質の低下に関して社会はもっと関心を持つべきであり、民間放送局といえども公共電波の使い方に関しても議論する時期にきているのではないかと思う。

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2019年07月18日

伊東恭二氏がご逝去

旧大東町の町議会議員(昭和59年2月〜平成16年1月)を5期20年務められた伊東恭二氏が逝去され(享年91歳)本日葬儀並びに告別式が執り行われ私も参列致しました。

恭二氏は「中野のきょんつぁん」と呼ばれ、地域の人に親しまれ尊敬された方でした。

大東町鳥海に大本家(中田)を置く伊東家はかつて奥州に名を轟かす歴史ある名家です。その一派の実務的なとりまとめをしていたのが恭二氏であったと私は認識しています。

名家の血筋を受け継いでいるにもかかわらず、決して目線が高くすることなく、逆に進んで人の世話をする方でした。林業の振興にも多大な尽力をされました。和の心で人をまとめる心優しいリーダーでした。


飯澤家も伊東家との関わりがあり、祖父から父そして私へとご厚誼を頂いております。そういう理由で私の県議選初出馬から3期間、興田支部の支部長として大変なお世話を頂戴しました。誠に感謝にたえません。

増田寛也大東後援会の立ち上げをしたときに「政治家は人の世話をしてこそ価値が定まる」と言ってもらい大変喜んでもらいました。また、恭二氏が当時会長を務めていた岩手県緑友会総会で私が農林水産員会副委員長の立場で祝辞を述べたときにも「飯澤君に祝辞を言ってもらって本当に良かった」と話してくれたのもいい思い出です。

肺の病気を抱えながらも晩年も地域の振興に尽力された恭二さん。生前のご功績を偲び心から哀悼の誠を捧げたいと思います。ありがとうございました。


令和と元号が変わり、この短期間に興田地区をけん引したかつてのリーダーが相次いで鬼籍に入られました。及川健氏、高橋政司氏、そして伊東恭二氏。時の移り変わりを感じます。
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2019年07月16日

第50回一関地方女子ソフトボール大会

標記の大会が去る7月13日(土)から7月14日(日)の二日間で行われました。

この大会のことはこのブログにほぼ毎年記事にしています。

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最初の岩手国体の開催を契機に始まった大会と聞いています。半世紀にわたり継続したことは児童(選手、応援)・学校・先生・親・地域のすべての関係者情熱の賜物です。ソフトボール王国一関の基礎をつくったのは間違いなくこの大会でした。当初は東磐井地方の学校対抗から始まり、旧大東町の京津畑小学校以外の学校が参加したこともあったそうです。全盛時の参加校を振り返ると

大東地区:摺沢・大原・興田・猿沢・渋民・曽慶・中川・天狗田・丑石・内野
千厩地区:千厩・奥玉・磐清水・小梨・清田
藤沢地区:藤沢・黄海・新沼・徳田・保呂羽・大籠
東山地区:長坂・松川・田河津
室根地区:折壁・上折壁・釘子・浜横沢・津谷川
川崎地区:薄衣・門崎

驚くべきことに優勝校は偏ることなく旧6町村から出ています。小規模校の清田小学校による3連覇はこの大会の意味するところの象徴的な偉業でした。近年はスポーツ少年団中心のチーム編成となっており学校対抗戦の色は薄くなってきていました。しかし、競技力の向上という意味においては技術講習会を積極的に行うなど大いにこの大会によって貢献を果たしたと思います。

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私も県議としての立場から表彰式のメダル授与の役目を何度も仰せつかりました。スポ小の大会にはない4位の敢闘賞までのメダル授与。決勝の戦い終えて帽子を脱いで汗だくになった選手たち、勝者の選手は目をキラキラさせて喜びを爆発し、惜しくも敗れて口をキッと結んで悔しさを隠せない準優勝の子どもたち、どの選手もとても印象に残っています。

閉会式が終わると選手から子どもにもどり、緊張から解放された姿も目に焼き付いています。

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私も会員である大東商工会青年部摺沢支部OB会、現水晶会が50回を機に主催と主管を退くことになりました。第一回から携わった宍戸武英会長が最後の準備が終了した後に万感の思いをこめて皆に挨拶しました。「本当に今までありがとうございました。」
水晶会は商工会メンバーを主体としながら役所のOBなども加わりこの大会の運営に携わってきました。商工会議所の職員も皆一緒に分け隔てなく貢献したと私は思います。前日のグランドづくりも要領よく約1時間半で完成したのは長年の蓄積のなせる業です。

夏休みの子どもたちの思い出に残るようにと水晶会が開会式、閉会式の演出にも工夫を凝らしてきたこの大会。来年からは形を変えて継続の方向と聞いています。これからも一関のみならず県南地区のソフトボール振興のために50年の歴史を踏み台にして前進することを念願してやみません。
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2019年07月13日

各地で期待の声が高まる

及川敦氏が知事選への立候補声明をして以来、各方面から勇気ある決断に対して好意的な評価を頂いています。

表明後に開かれている地域行事に参加していますと(今晩はせんまや夜市)各地で「無競争は良くない。よくぞ出馬を決めてくれた」等々です。それも私的には意外な方からも声をかけてもらってます。

このことが意味するところは、よほど今の県政に対して県民が閉塞感を感じているということではないでしょうか。

2月議会の長期計画の審査の際、私をはじめ、いわて県民クラブのメンバーが入れ替わり立ち替わり次の10年の厳しい時代認識を知事に問いました。しかし返って来る達増知事の答弁は楽観的なものばかり。計画の目標自体が幸福を守り育てるという抽象的な観念を柱に据えていますから厳しい現実には目を背け、政策評価基準を甘くしているようなものでした。私達は反対はしませんでしたが付帯意見でしっかりとガード措置を施しました。

今こんなことが思い出されます。

首長の使命は時代を的確に読んだ先見性を持った政策形成と実行にあるはずです。理想や観念だけでは暮らしていけません。

県民への選択肢を示したことだけでなく、選挙戦を通じて善政競争ができる素地を今から私も蓄えていきたいと思います。


蛇足ながら、今日の地元紙4面の知事の定例記者会見。及川氏のことをパッと思い出せないとはよくぞ言ってくれたものです。
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2019年07月10日

及川敦氏が知事選に出馬表明!

わが盟友 及川敦氏が9月に行われる岩手県知事選挙に立候補することを表明しました。

私と及川氏は平成11年に県議会議員に同期で当選以来、苦楽を共にした仲間です。政和会、地域政党いわて、いわて県民クラブと3期の間、一緒の会派で過ごしました。

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県議時代の及川氏の政治課題へのアプローチの仕方はとても鋭く私もかなり勉強させてもらいました。

出馬会見では私も同席をさせてもらいましたが、堂々としたすばらしい会見でした。

会見で配布された資料によると

出馬の動機として

💡知事選挙が二回連続の無競争になることを防ぎ、県民に選択肢を示すこと
💡県民利益を損なう現知事の行動に対して、県民の判断を仰ぐこと
💡二期で知事職を辞するとした公約違反についての是非を問うこと

としています。

政策面では、個人として重点的に取り組みたい事項として

@復興事業の検証と新たな課題への対応
A子ども子育て支援策
BILC誘致
C農林水産業の振興
D第4次産業革命の進展への対応

参議院選挙後に公約として発表し、公約づくりには、支援政党団体の政策も取り入れることとするとしています。


また、達増県政が人口減社会への対応を真正面から取り組む施策を展開してないことにも厳しく言及していました。


いずれにしても私は及川氏の決断に心から賛意を送り、個人的にも、いわて県民クラブとしても全力で及川氏を支援します。

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2019年07月06日

今任期の議会日程がすべて終了

去る7月3日に6月定例会最終本会議があり、今任期の定例会はすべて終了しました。

9月10日の任期まで突発的な臨時議会でも開かれない限り、今任期の議会日程はほぼ終了したことになります。過ぎてみればあっという間の4年間でした。実はこの5期目の4年間は会派移動がなく、それは1期目の政和会以来のことでした。(2期目は政和会から政和・社民クラブ、3期目は政和・社民クラブから地域政党いわて、4期目は地域政党いわてからいわて県民クラブ)いわて県民クラブの同僚とともに県政に対して二元代表制の一翼を担う活動が出来たと自負をしております。同僚議員には心から感謝を捧げたいと思います。


7月1日に開かれた総務常任委員会では今期4年間で取り上げてきた課題について総括をこめて質問と提言を行いました。この日は議案審査を含めて私一人で約一時間発言を行わせてもらいました。まるで某議員のようです(苦笑)。

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1)ILC推進室からILC推進局に格上げされる県のILC実現に向けた取り組みと(仮称)ILCによる地域振興ビジョンについて

2)IGRいわて銀河鉄道の経営について

3)県庁内のモラル&パワーハラスメントについて


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この件は先に書いた匿名のお手紙を元に質問しました。人物を特定した上での事実の裏付けが不完全でしたので一般論でおさめましたが、県庁内に鬱積するこの問題はとても重い問題であり、絶対に軽視することはできません。選挙は挟みますが引き続き監視をしていきます。


この間ILCに関しては国会議連の川村会長はじめ幹部の方々が渡欧され、フランスとドイツで中身のある意見交換をされた様子がFBで発信されておりました。今後も確実にILCの実現が図られるよう私も努力をしてまいります。

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2019年06月30日

河北レガッタ2000

後輩たちがはるばる幻の東京五輪ボートコース長沼に遠征して臨んだ第28回河北レガッタ2000@アイエス総合ボートランド

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成蹊大学舵手付フォアチームは栄えある優勝の成果をおさめました😃副賞は地元のお米20kg

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女子シングルスカルに出場した三年生の水野さんも4位に入賞しました(惜しくも3位を逃す)

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近年は斉藤監督のコーチングによって母校成蹊大学は安定した実力をキープしています。

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今回の遠征の経験が9月に行われるインカレで大きく花咲くことを祈念してやみません。後輩諸君これからも大きく成長し続けてください。

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2019年06月29日

県民に知って欲しい議会運営委員会の議論

議会には議会運営委員会が地方自治法によって法定機関として定められていて(法制化以前は単なる任意の意見調整機関であった)そこでは議事運営や議会の自治に関することが議論され決定される。

議会運営委員会(議運)のメンバーは岩手県議会では10名と決まっており、交渉会派(最適5名以上の構成するグループ)から会派の構成議員数の割合によって会派ごとの員数が割り当てられる。

現在は 第一会派:改革岩手・・・・・5名
    第二会派:自由民主クラブ・・3名
    第三会派:いわて県民クラブ・1名
 同じく第三会派:創成いわて・・・・1名 となっている。


さて、議運で継続して議論してきた案件が2つあったが、改選期ギリギリの状況になっても結論が出ない、正確に言うと出せないという議会自治のお粗末ぶりを露呈するに至ってしまった。報道機関もなかなか触れないのであえて問題提起の意味も含めてここに記しておく。

まず一つ目は議会運営委員会の会議録の情報公開について

先に記してあるように法定機関としてしっかり明記されているのであるから、情報公開を拒否できる論拠はほとんど存在しない。わたしたち「いわて県民クラブ」は当初から公開すべきとの意見を2年前から意見開陳してきた。ところが第一会派は意見が集約できていないとし、明確な論拠も示さないまま事実上先送りしてきた。第一会派たる存在は議会をリードする立場にあると私は思料するがその責任を果たしていないと断ずる。


そして二つ目は議会棟の喫煙室の存続について

この案件については岩手日日朝刊で報道された。国の健康増進法の一部改正によって7月1日から県立施設の敷地内が禁煙となることを受けて、わたしたち「いわて県民クラブ」は法施行を機に議員のみが対象となっている喫煙室はもはや存続する意義を失っていると主張してきたが、これも結局、議運での結論を導くことはできなかった。「意見集約も至っていない」という会派はどうなんだろうかと思う。


この件は愛煙家から誤解を受けている部分もあるので説明を付すが、私たち「いわて県民クラブ」は喫煙者をすべからく排除するということではなく、県立の敷地内で全面禁煙と決定になったのなら議会棟も同じく扱われるのは当然という考え方であることを明確にしておきたい。議員のみ特別待遇はないのだということである。たばこ耕作者を窮地に陥れるような会派などと議論を飛躍する論者がいるようだが決して私たちはそういう主張はしていない。


この二つの案件に対する議論過程は成熟とは程遠いものがある。だからこそこうした議論を県民の前に明らかにすべきなのである。ブラックボックスに入れては議会基本条例の精神が泣くというものだ。

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2019年06月28日

菅原喜重郎氏が逝去

元衆議院議員、元東山町長の菅原喜重郎氏が逝去されました。

喜重郎さんとは亡き父との交友が深く、父は喜重郎さんが民社党に籍を置いていたころは本当に一生懸命応援していました。そのご縁で私の結婚式では主賓として祝辞を頂きました。ただ内容をほとんど記憶してなくて父にかなり怒られた記憶がありますが(苦)

私が政治家の道に入ってからは同じの政治路線を歩むことはありませんでしたが、それはお互いの立場があったから仕方のないことで、喜重郎さんからはいろいろとご示唆を頂いておりました。

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【一昨年のご自身の叙勲祝賀パーティーで御礼の言葉を述べる喜重郎氏】


特に印象に残っているのはシティマネージャー制度について。これはわが国では職の内容としては副市長が類似しているのですが、厳密にいうと違っていて、議会が行政のプロとして議決選出し、その行政手腕の責任を明確にする制度です。行政のプロですから客観的にその自治体のメリットを引き出すといった結果が求められることになります。私も大いに触発されて渡米してタコマ市近郊のフェデラルウェイ市やカナダのトロント市へ行って視察してきました。責任ある自治ということを突き詰めて考えると、ややもすれば役所の世界は〇〇派閥が幅を利かせることの弊害もこれありで、そういう意味でシティマネージャー制度は有効な側面もあると思います。

また喜重郎さんは政治倫理から宗教まで思想哲学に関してはかなり奥が深く、話が始まるとなかなか解放されない時もしばしばでした。政策的には農業の再生、海外との経済交流など地道なものから枠を超えたものまで幅広い知見を持った方でした。


最後に元気な姿をみんなに見せたご自身の祝賀パーティーでも自由主義陣営の保持、共産主義の排除についていつものように熱く語っておりました。


大正生まれの喜重郎さん。昭和、平成とご自身の道を駆け抜けました。情熱に溢れた政治家の誕生は時代の要請だったのでしょうか。これまでのご指導に心から感謝申し上げご冥福をお祈り致します。

合掌
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2019年06月27日

3年ぶりの長沼遠征

大学の後輩たちが河北レガッタに出走するため宮城県の長沼漕艇場に遠征してきました。先輩としては嬉しい限りです。

長沼への遠征は3年前の全日本新人選手権以来になります。前回の遠征は8月でかなり暑かった記憶がありますが、29日(土)と30日(日)に開かれる大会の天候は雨模様の予報で温度も低めとのこと。体調管理には気をつけないと。

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【大学で1年先輩の斉藤監督から立派な額付の絵をプレゼントされました!】



長沼漕艇場は一時東京オリンピック候補地となり有名になったおかげで、宿泊のできるボートハウスが整備されていました。ちょっとだけ中を見ましたがとても機能的な印象です。

今日は先発組と一緒に夕食を食べて、大会の奮闘を祈願しました。9月上旬に開かれるインカレを目指して実のある遠征になって欲しいと思います。
posted by 飯沢ただし at 23:59| 岩手 ☔| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする