三井倉庫在籍時代に本船荷役責任者(フォーマン)をやっていたことは何度かこのブログでも紹介してきました。三井倉庫では多様な船会社と船内荷役の契約をしていて、SCI(Shippinng Corporation of India)も主要な船会社でした。SCIは国営会社で当時の80年代前半は発展途上国でしたので私が担当していたUASC(United Arab Shipping Co.)とは荷役環境が大きく異なっており、たまに担当したSCIの本船では若かった自分はその変化に対応するのがかなり大変でした。
それでも今思い返すと人間修行の場としては貴重な体験だったと断言できます。限られた条件でいかにやりくりするかを試されました。
さらに、会社の体質かと思いますが、前日打ち合わせしたことが当日ひっくり返されるのは日常的にあり、ジャパンオフィスにいるSCI駐在代表者の言葉は絶対という社風でしたので、本船クルーと打ち合わせをしても結論を出してくれなかったことが多々あり、苦労しました。

【本船 State of Manipur】
写真の本船はSCIが投入した在来船としては比較的性能が良く、三井造船神戸ドック製で3隻あったと記憶しています(State of Nagaland,State of Tripura)。しかし、いかんせん通常のメンテが不足している等、荷役作業にもトラブルが少なくありませんでした。今だから言えますが、接岸するときにこのファンネルマークと黒い船体が見えてくると憂鬱になったものです。
そんな中でも、私が新人の頃、当時先輩の松下フォーマンは粘り強く本船とも交渉しながら、有効な積み付けプランを絞り出している姿には強い印象があります。「飯澤君、仕事ちゅうもんは痺れないと覚えないよ」普段寡黙な松下さんから言われた言葉は強烈に私の体に刻まれています。
インドはイギリスの占領下におかれていた時からそれを乗り越えるためにガンジーが民族や宗教、階級の複雑な壁を乗り越えてきた歴史を鑑みるとこの現在においても統治の困難さが想像できます。その後も印パ戦争など激しい宗教対立もありました。近年経済力が高まってきても外交に関しては巧みに東西国とバランスをとっています。ロシアから主要兵器を購入していることからもその実態が判別できます。
国内に内在する価値観の多様性からインド国民に寛容が求められることは統治するうえで不可欠ではありますが、寛容を国の美徳としてそのまま受け取るには事は単純ではなく、したたかな戦略に基づいた行動をする国という認識を持たなければなりません。外交上のおつきあいをして行くには松下フォーマンのような忍耐と歴史に基づいた見識が求められるのです。
インドへの理解を復習するために、これまで部分的にしか観ていないデビッド・リーン監督の「インドへの道」を完全鑑賞してみたいと思います。

