平成9年(1997年)1月9日の朝、父の臨終に立ち合いました。あれから28年の月日が流れましたが、父が亡くなった日の朝の記憶は今でも鮮明です。
父は平成7年4月に行われた統一地方選挙のストレスが原因で急性骨髄性白血病を発症しました。一回目の抗がん剤の治療で一度は寛解(かんかい)し、骨髄が正常化して仮退院するほど復活しましたが、平成8年の7月に再発が確認され、再入院。再加療の甲斐なく最後は免疫力低下による感染症によって亡くなりました。7月から1月に至る治療は苛酷を極め、頑健だった父の体力をそぎ落としていきました。それ以上に精神的な落ち込みが激しくなり、面会に行くたびに低下している父の姿を見るのは本当にしのびなく心が痛みました。
今でも寝苦しい夜など、ふとあの頃の闘病している父の心境にになり替わる時があり、父の無念さをちょっとだけ想像するだけでも胸が張り裂けそうになります。
父は旧制中学、大学時代にラグビーに親しみ、体も丈夫でしたが、それが健康に対しての過信を呼んだこともあったかもしれません。しかしながら昭和一桁生まれの年代の人は青春時代を戦争に奪われ、高度経済成長時代に入り生活が安定すると、青春時代を取り戻そうと仕事に遊びに際限なく没頭した世代で、年齢と共に体を労わるとか生き方を切り替えるには相当の頭の革命を起こさないと無理だったかもしれません。
ちょうど父とは年齢が30歳離れている自分は恵まれた時代に育ち、今こうして生きていけることは何よりの幸せと思います。
豪放磊落に見えた父が、実は年齢と共に繊細になっていたことを思い起こし、我が身に投影して自分なりに決意をしたことがあります。自分も期せずして政治の道に入ることになったのですが、絶対にストレスを引き起こさないこと、引きおこさない回避策の工夫も自分で考えていくという結論に達したのでした。アンガーマネジメントも含めこの自己認識はとても大事だと思います。
まあ、自分の今の姿を見ている人は「言いたいこと言ってる」と思われてるに違いないと自分でも感じますが(苦笑)。二月定例会でも全開で行かせてもらいます。
これからの人生も豊かに過ごすことを目標に生きていきたいと思います。
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