
私がこの本に興味を持ったのは、平成20年(2008年)2月19日に起きたイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故における当時の防衛大臣、石破茂氏の行動について知りたかったからである。
先の参議院選挙後にヒゲの隊長こと佐藤正久氏が石破総理に関してコメントしていた時に、過去にも当該事故においての当時の石破大臣のふるまいについてチラッと触れていたが、多くを語ることをあえて避けていたので、ますます知りたくなったのである。
河野著者の内容によると
・石破防衛大臣から「防衛省には国民への説明義務がある。事情を調べて国民に説明せよ」との指示が出た。
・これを受けて、状況を把握するために「あたご」の上級司令部である護衛艦隊司令部の幕僚長を「あたご」に派遣し、防衛省に逐一報告差させる態勢をとった。
・そうすると上司から「『あたご』から航海長を呼んでいるから、防衛省に着いたら、いきなり大臣というわけにはいかないからオマエ(河野氏)が先ず事情を聴け」という指示を受けた。
・一通りの事情聴取が終わると、上司にその内容を報告し、航海長を大臣室へ向かわせた。私は大臣室による聴取の場には立ち会っていないので、その内容については承知していない。
・ところが、事故現場からある意味の被疑者である航海長を捜査機関の断りもなく呼び寄せたことは捜査妨害にもなりかねず、海上保安庁としては怒り心頭である。
・その日の晩のニュース番組では、私が「あたご」航海長を事前に呼び寄せて、海上自衛隊に都合のよい報告をするように言い含めたと臭わせる報道を流した。大臣がなぜ航海長を呼び寄せたことが国会でも問題となり、大臣がなぜ航海長にあったのかが追及された。
・石破大臣はその際、要旨次のように答弁された。
「海幕が航海長から事情を聴いていると聞き、隠蔽が疑われないといけないので、自分が航海長から直接話を聴いた」
筆者は、全身の力が抜けたと控え目に書いているが、おそらく当時の海上自衛隊は怒髪天をつく怒りに達したと想像できる。自らの正当性だけを強調したこの答弁は組織の長たる者としては全くふさわしくないものだ。自らの組織を信用せずに、挙句隠蔽を疑われるなどという発言はあまりに酷い。
この答弁によってマスコミは「あたご」側にすべての原因があるかのように報道し、海上自衛隊は徹底的に非難されたとなっている。後に大臣は清徳丸の亡くなった船員の自宅に見舞いに行って涙したと報道されているが、結局は自らに降りかかった火の粉を振り払ったにすぎないとも見れる。
組織を粗末に扱い、勝手な自己都合で内閣を継続している石破総理の行動の規範はここにある。
国のリーダーにしてはいけない人物であった。
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