今まではごく普通にあったこうした人と人とのつながりはいつまでできるのだろうかと。
お墓も家で持つことを好まない時代に、相談をかけてくるこのような若い人がいることは本当に貴重な存在です。今やコミニケーションもSNS。困っている人も見ても見て見ぬふり。社会にどう貢献するより社会は自分にどうしてくれるのか。全部が全部とは決して言いませんがそうした風潮となっているのは事実です。
「尊敬される政治」を目指している自分ですが、どうやら最近は議員がどのような仕事をしているのかよりも、どの程度身近なのかが選ばれる優先順位になっている雰囲気を感じます。最近はとみに自分にとって悩みが深い案件です。
さらに政治もワイドショーで取り上げて面白おかしくされる時代になりました。今日は盛岡市内の病院の待合室に1時間30分ほどいましたが(予約せずに飛び込みで受診しようとしましたが結局私の時間の都合で受診に至らず💦)1時間も伊東市長の学歴詐称問題をやっていました。そんなことは伊東市民に任せればいいことだろうに、公共の電波を使ってやることかと疑う自分はもう古い感覚なのだろうかと最近は自問自答したりしています。
DXやAIの進展ぶりは目を見張るものを日々感じています。例えば新幹線の改札風景も50%以上はモバイルスイカを使っているように窺えます。
人間社会が求める便利とその裏側に潜む失われていくものとどのように折り合いをつけていくか。私たちの年代は一番試されている気がします。
山本潤子さんの透き通るような声を無性に聴きたくなって帰途の車の中で、赤い鳥時代の声をずっと聴いて帰りました。独身時代はよくハイファイセットのコンサートに出かけました。彼女はあらためて日本で3本の指に入る美しい声だとつくづく感じ入った次第です。

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