
以前にもこのブログで紹介しましたが、佐藤公一氏は戦中戦後に産業組合運動を通じて後に県立病院の礎となる医療施設の拡充を図られた功労者であり、戦後の知事自治法制定時初の県議選において初当選され、その人徳を認められて副議長に選任された方であります。
その偉業を讃えるために昭和46年に現在の県立大東病院前に顕彰碑も建立されています。
伝記と追想には佐藤公一氏にご縁のあった方々が寄稿しており、実に興味深い内容ばかり。当時の大東町長伊東勇氏からはじまって、千田正知事、岩持静磨氏、志賀健次郎氏、金子太右エ門氏、加藤剛佐氏、菊池知勇氏など
大概は佐藤公一氏の偉大さを讃えるものであるが、私の祖父である飯澤武雄は文学に精通したところを魅せようと努力した跡が見えたり、遠藤保雄氏に至っては皮肉が効いた文章で自らの存在感を際立たせたりで明治生まれの方々の個性の強さにただただ驚くばかり。
ご本人が寄稿した「国保診療所のあり方と県立病院の行き方」には現代にも通ずる県立病院の存在意義についてその本質を極めて正しく突いておられ、これから何度も読み返してみたいと思う。
これぞ正に温故知新。
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