2019年06月28日

菅原喜重郎氏が逝去

元衆議院議員、元東山町長の菅原喜重郎氏が逝去されました。

喜重郎さんとは亡き父との交友が深く、父は喜重郎さんが民社党に籍を置いていたころは本当に一生懸命応援していました。そのご縁で私の結婚式では主賓として祝辞を頂きました。ただ内容をほとんど記憶してなくて父にかなり怒られた記憶がありますが(苦)

私が政治家の道に入ってからは同じの政治路線を歩むことはありませんでしたが、それはお互いの立場があったから仕方のないことで、喜重郎さんからはいろいろとご示唆を頂いておりました。

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【一昨年のご自身の叙勲祝賀パーティーで御礼の言葉を述べる喜重郎氏】


特に印象に残っているのはシティマネージャー制度について。これはわが国では職の内容としては副市長が類似しているのですが、厳密にいうと違っていて、議会が行政のプロとして議決選出し、その行政手腕の責任を明確にする制度です。行政のプロですから客観的にその自治体のメリットを引き出すといった結果が求められることになります。私も大いに触発されて渡米してタコマ市近郊のフェデラルウェイ市やカナダのトロント市へ行って視察してきました。責任ある自治ということを突き詰めて考えると、ややもすれば役所の世界は〇〇派閥が幅を利かせることの弊害もこれありで、そういう意味でシティマネージャー制度は有効な側面もあると思います。

また喜重郎さんは政治倫理から宗教まで思想哲学に関してはかなり奥が深く、話が始まるとなかなか解放されない時もしばしばでした。政策的には農業の再生、海外との経済交流など地道なものから枠を超えたものまで幅広い知見を持った方でした。


最後に元気な姿をみんなに見せたご自身の祝賀パーティーでも自由主義陣営の保持、共産主義の排除についていつものように熱く語っておりました。


大正生まれの喜重郎さん。昭和、平成とご自身の道を駆け抜けました。情熱に溢れた政治家の誕生は時代の要請だったのでしょうか。これまでのご指導に心から感謝申し上げご冥福をお祈り致します。

合掌
posted by 飯沢ただし at 23:59| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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