2018年11月22日

賽を投げた人が責任を取りなさい

薬物問題で混迷続く岩手競馬。24日から再開するとの岩手県競馬組合からのアナウンスが昨日あった。

私は16日(金)の競馬組合議会に議員として出席していたが、再開の既定路線はあらかじめ決まっていた印象を受けていた。それは管理者である達増知事が一日も早い再開を何度も繰り返していたことや原因究明と競馬再開についてはリンクしないと強く明言していたからである。


私は9月の臨時議会で「3頭目を絶対に出さないためには組合の上からの管理だけでは解決できない。現場で働く関係者の理解と協力こそ不可欠。ソフト対策との両輪で」と提言していたが、結局は監視カメラなどのハード対策に組合は重点を置き、ソフト対策は置き去りにした結果が最悪の事態を招いたと言えるのではないか。


先の議会では最高責任者である管理者の達増知事に迫った。「今こそトップリーダーの出番ではないのか!石にかじりついてもこの難局を乗り終えるという強いメッセージを関係者に送り、陣頭指揮を持って解決をするという意思表示と行動が求められるのではないか」と。

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知事の答弁は冷淡なもので「一日も早く再会するのが自らの責任を果たすこと」にとどまった。自分に降りかかる火の粉は振り払い、命令すれども行動起こさず。今こそ最高責任者の行動が求められるのに他の議員の質問にも理屈で事を整理した印象しか残らなかった。

さらに廃止には至らないと啖呵を切ってしまったがために、達増知事自らが問題をさらに複雑にしてしまったのである。


この早期の再開は知事発言にて明らかなように知事主導で行っているのは明白である。同じ再開をするのでも経過措置があまりに一方的であるから実際は現場も再開に安堵しつつも困惑の中で競馬を始めることになる。これはトップリーダーの振る舞いとしては最低の部類と断ぜざるをえない。


早期に再開しないと馬主からの信頼もつなげず(現に岩手から撤退する馬主もいる)危機を重ねることは私も承知しているが、この間の競馬組合の迷走の責任は管理者の危機意識の希薄と当事者責任のなさにある。3頭目が出たのはあくまで結果責任が問われるのである。


競馬組合議会が終わった後に偶然盛岡競馬場所属の調教師と遭った。「知事が水沢競馬場に行って激励してもらうことはできないものか・・・」この声は果たして届くのだろうか。現場を支える人たちの心情を推し量る度量が切に必要な局面なのに。


再開のゴーサインは出したが現場とのコンセスサスなしの再開。所謂見切り発車である。今度こそ賽を投げた人が責任を取ってもらわねば。


posted by 飯沢ただし at 23:47| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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