2018年05月25日

すでに意識の乖離がありあり

新聞報道によると次期県総合計画(2019〜2028)の策定状況過程において県南広域振興局が主催した管内の8首長と意見交換会が行われたようです。

この手のご意見伺い程度の話はあまり新聞記事にはならないのですが、よほど意見の内容が厳しかったと見えて、地方紙のみならず全国紙まで記事にしたことで事の重大さが窺えます。

私も先の2月定例会の予算特別委員会総括質疑において知事に対して

@幸福を上段に設定した考え方は2020年代の厳しい時代を乗り越えるのにふさわしいのか?
A幸福とは人それぞれに違う価値観、捉え方があるもの多様性を認めるものことに意義のあるもの、決して役所が与えるものではない。幸福とは与えるものではなく気づくものではないのか?
B県が長期計画を策定する意義は広域的な産業振興戦略的を具体的に示すことが今もっとも必要とされるのではないのか?
C市町村が今後策定する総合計画にも大きく影響を与えるものであるから整合性を図る努力を惜しまず県が独善的に押し付けるやり方はすべきではない。

との質問と意見提言をしたところでありました。

まさに8首長からは酷似した懸念が期せずして示されたようです。特に「幸福」というった抽象的な考え方が先に立った計画概念に対して疑問が出されたのは当然でありましょう。また、ILCが一言も入っていないことに対する異論はかなり強烈だったようです。実は今年度の当初予算説明にもILCという見出しはまったく見えず、私も厳しく県の本気度を質したところです。

県は震災復興の際に「幸福追求権」というキーワードを使って今回の総合計画も「幸福」を看板を維持する体制は崩さない姿勢なようですが、果たしてこのまま突っ走っていくつもりでしょうか。意識の乖離を埋めていく努力をしないと計画をつくる意味さえ失いかねません。
posted by 飯沢ただし at 14:36| 岩手 ☁| Comment(0) | My Opinion 【意見を申す】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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