2015年08月16日

政吾さんが存命ならばギリっと気合をかけられたはず。

今日は送り盆。
先祖の御霊も茄子の牛にまたがってゆっくりと帰っていきます。


一昨日はお世話になった千葉政吾さんのお宅を訪ね、御初盆の供養をこめて手を合わせてきました。

_shiseikourou__seigo1.jpg


実は政吾さんとは政吾さんの亡くなった奥様が私の父の従姉妹の娘さんにあたり、外戚関係にもなっています。他人ではないということもあるのでしょうが、時節にふれ政吾さんからは魂の入ったご示唆や心のこもった励ましをもらっていました。

また、父とは大東町議会昭和47年の初当選組の同期。
当時の(も)大東町議会は魅力満載で議員間のつながりも相当濃かった時代。年も近かった二人は議会の勢力図とは別に親交が深かったようです。

「親代わりだと思って仕方なく面倒見てるんだぞ。」という言葉には、政吾さん独特のはにかみが混じっていて、私は本当に父親代わりに頼っておりました。私の選挙でも2回選対本部長を引き受けて頂きました。

今年の6月の突然の訃報に接した時には心底失望感を感じました。

年をとっても変わらぬ青年団長のような心の若さを保っていました。最近は腰が曲がり加減でしたがマイクを持つと背中もピリッと真っ直ぐになり、とんでもない張りのある声。


「俺はまっすぐだがらよ。腹の探り合いなんかできないし、そんなのは嫌いだ。」
今のご時世の出来事を耳にしたら、さぞ私にも気合をかけたと思います。
いや、大丈夫しっかりと聞こえています。

お盆にあたり、政吾さんのご遺徳を思い起こし、改めて明日への糧にしたいと思います。
posted by 飯沢ただし at 22:56| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。