2013年07月20日

参議院の存在意義について

二院制のもとにおいて、参議院というものは党に従属したものでも、衆議院の下部組織でもありません。

本来、参議院とは良識の府であるとされているはずなのに現状は党議拘束が最優先され、党の縛りによって、参議院議員の見識、良識が発問押されることなく、参議院は衆議院のカーボンコピーとさえ言われています。
衆院においては、政党が政策の是非を論じ合い、法案の成否が争われます。
しかし、良識の府である参院では、政党や党派を超え、政治家個人の良識が問われなければなりません。
政党における政策と政治家個人の良識が両面的に働いてこそ、本来の二院制だといえます。

ましてや、今日の困難というべき大震災の復旧・復興支援に関するすべての法案については、
参議院議員は党の拘束から離れ、政治家としての情熱と勇気を発簿し、大胆に意思を表明すべきです。


これはかつて参議院に所属していたある議員の言葉である。
参議院の存在意義について実に的を得ていると思ったので引用させて頂いた。

与党は「ねじれ現象の解消が国民利益に直結する」と今回の選挙で訴えているが、よくよく考えてみると参議院の存在意義を自ら否定し、政党に都合のいいことを言っているにすぎない。

また、衆院の政策をそのままなぞって参議院の選挙に参画することは本来おかしな話で、政党に所属していても自らのオリジナルな政策や政治理念が本来は前面に出ていなければならない。

解散もない参議院は熟議の上にたち国家の進むべき道を探るのが役目であることを、もっと有権者に知らしめるべきだと思う。
posted by 飯沢ただし at 01:05| 岩手 ☀| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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