2013年03月11日

大震災から2年

今日は3月11日。
将来、歴史教科書に日付入りで刻まれると思われるほどの、忘れてはならない特別な日です。
県と大槌町が主催の合同追悼式に参加をしました。
犠牲になられた方に心をこめてご冥福をお祈りし、大震災によって全国各地に避難されている方は30万人以上もおられることの認識を新たにした日でもありました。

往路と帰路に車窓から見た陸前高田市や釜石の鵜住居、そして会場の大槌町は、
一年前と比べてガレキは町から除けられていているのものの、住宅の基礎部分だけを残骸にした土地だけが目に飛び込んできます。

かつての街の賑わいを取りもどすことの、容易ならざる現実をいやがうえでも知らされる光景です。

来年度は震災から3年目。被災地自治体では復興のために計画から事業化へと進む段階へと移りつつありますが、短期間で成果を求められるために無理とも思われるスケジュールを強いている上に行政職員の不足が事業化の進捗を阻んでいる実態が報道されていました。

必要な人員は予め判っているわけで、要はその問題を充足させるシステムが成立していないことに尽きるのではないか。何か医師の招へいを院長先生が自ら陣頭指揮を執っている姿とダブります。

南三陸町の町長がコメントしてるように、ゼロベースで街づくりをする作業なんてほとんど誰も経験がない、そして住民合意も言葉でいうほど簡単ではない。

他にも問題は多々あれど、マンパワーの不足たる問題などは国や県の知恵で何とかせねばなりません。
posted by 飯沢ただし at 23:54| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: