2022年09月25日

達増県政振り返りB何が何でもやり遂げる柱がない政策

私は今、「幸福を守り育てるいわて」の長期計画を賛成したことを心底悔いている。アクションプランで年次修正毎にをかける機会があるからという悪魔の囁きに乗ってしまい議会審議の中でモノ申せばいいと妥協してしまった。すぐ手が届くような実現に近い指標を並べAかBかCかと判断する政策を数多く並べても意味が薄い(意味がないと言い切れないところも微妙)のである。


達増知事が自らマニフェストを書いて選挙に臨んだのは最初の選挙の1回のみ。その柱となるのは新地域主義戦略、岩手ソフトパワー戦略の2つ。これが県立大学の斎藤教授(当時)による検証委員会で具体的達成目標が設定されていないとしてケチョンケチョンに酷評されてからは自らの政策をマニフェストに書くことを止めた。


よってその後の選挙では東日本大震災復興計画、いわて県民計画をマニフェスト替わりに代用しているのである。本人が魂を込めた新機軸の政策などは見当たらない。(それをやらなくても選挙で勝つ見込みが立っているという要因が大きいのだが・・・)

県民も策定に巻きこみ議会も承認した計画という建付けなので批判もできないだろうという安全運転に徹している。

ゆえに冒頭の言葉に私はなってしまう仕儀となってしまうのである。実に情けない話であるが。

政策もそうだが、極端に失敗による批判を嫌う達増知事は、県立病院病床削減問題の土下座事件、DIOジャパン問題の前のめりによる大失敗の経験からリスクを背負って行動することをずっと避けている。このやり方は知事の責任の所在が見えにくいし批判も避けられるからより安全なのである。

執行部も議会からの提言は、マイナーチェンジで済みそうなものであれば採用するという手法を取るので直接的批判からは回避できる。いわゆるちょっとだけはやってみるという対応である。こうした対応は知事が岩手の課題の本質から避けていることに大いに起因している。職員は自分たちの与えられた立場で頑張っているので責められない。要は民間でいうところの社長である知事の覚悟がないから組織が弱くなるのである。

しかしながら、現実問題としてこうしたやり方は限界がある。将来不安に真っ向から切り込まないと間に合わない政策、例えば人口減少、人材育成、産業振興これらに関してはもちろん着手はしているが効果が期待できない状況にある。一歩進んで半歩下がる状態。これでは将来に大きく飛躍など期待できない。

達増知事と15年論戦を交わして知事が一体何をやりたいのかいまだに見えないのは、本当のところ何もないのでないかすらと思う。答弁からは明確な将来のビジョンではなく雲をつかむような抽象的な話ほとんどであり、中には空想に近いものもあった。過去にたとえ話で引用したレインボーマンやマッチ売りの少女はその典型とも言えるだろう。

そういう意味でも今一度、唯一最初の選挙で示された「希望王国マニフェスト」を検証する必要がある。

posted by 飯沢ただし at 23:47| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする