2022年05月12日

40年前の熱き思い

同居している妹が断捨離中に父親の「重要書類」と書かれたお菓子箱を見つけてきた。

その中には町議時代のポスターやら県議選挙にまつわる関係書類や新聞記事の切り抜きが雑然と押し込まれていた。

DSC_0754 (002)x.jpg


特に目を引いたのが昭和58年4月の県議選に立候補したときの挨拶原稿だ。おそらく決起集会用の原稿だろう。なぜか原稿用紙の裏を使っている。私自身の初出馬の原稿など保管していないのに父親が保管対象にしたのはやはり自身の持っていた思いが強かったのだろう。当時52歳。東磐井地区の経済的再興を中心に書いてある。また赤ペンの添削が実に力強い。

次に紹介するのは当時の朝日新聞の「選挙戦を見る」の選挙戦展望記事。

DSC_0755 (002)x.jpg


当時の朝日新聞は県議選の展望記事まで書くとは実に驚きだ。何より内容が実に的確で足で取材しているのがよくわかる。昔の朝日新聞には地方局でも記者が熱血をもって仕事していた確かな痕跡は現在の記者たちに見せたいものだ。

父はこの時の選挙は落選で涙を飲んでいるのだが、定数3に新聞の写真にある5人に社会党の元職金野茂氏を加えた6人が立候補する大激戦で結局現職の3人が当選した形となった。

昭和59年に亡くなった祖父も実は昭和42年頃に県議選に意欲を持った時があったらしく、昭和58年の選挙の折には父の選挙には大分心配したらしい。四年後に再度立候補をして初当選した父が祖父にその姿を見せられなかったのは残念だったに違いない。

そうした流れを汲んで今の「私」があるということを改めて肝に銘じる日となった。
posted by 飯沢ただし at 23:49| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする