2022年03月31日

おセンチになる今年の年度末

本日は令和3年度の末日。

昭和36年4月2日から昭和37年3月31日生まれの60歳を迎えた私と同期のお勤めの方々は一つの区切りを迎えました。

例年同じことが繰り返されているのですが、今年の年度末はいつになく重く受け止まました。明日からは別の職場や同じ会社働くケースでも身分が異なる人がほとんどになります。いわゆる人生の一区切りという時期を迎えたということです。

私も大学を出て4年間だけ他の会社で給料を頂く生活をしていましたので、入社当時のことを振り返りながら考えると感慨深いものがあります。昭和59年4月はちょうどバブル景気が始まる前でした。昭和62年頃から株価が倍ぐらいに上昇して、社内の持ち株を保有していた年配の社員は株を一部手放す人が多くいたことを記憶しています。当時は大きな社会不安など無縁な世相でした。今の閉塞した社会情勢からみると隔世の感があります。

爾来38年間。晩節は責任あるポジションを与えられて一線を退く方々の心境に思いを寄せると、こみ上げるものがあります。

私は37歳で初当選以来明日から議員生活は24年目に突入となりますが、県庁や一関市の職員のほとんどは明日からは特別職を除いて年下の方々となります。このことは自分にとってより責任ある言動や行動が求められるとの自覚を嫌が上でも求められます。

本日のテレビのニュースで盛岡市の藤尾善一副市長が本日で退任とのニュースが流れていました。元県職員である藤尾氏(当時は総括課長級の身分?)から20年以上前の県政三者懇談会で「これからは議員も政策重視で」と強く言われたことをパッと思い出しました。

藤尾氏は競馬組合副管理者も歴任されており、競馬開幕日に知事に当選したばかりの達増管理者に騎手のコスチュームを着せたのは関係者の間では有名な話。今となって誰もそんなことはさせられないでしょう。

一旦の区切りを迎えた方々にはこれからは今までかかってきたストレスからは解放されることでしょうが、健康に留意されて第二の人生を豊かに過ごされることを心からお祈りいたします。

私はまだまだ現役で頑張ります。
posted by 飯沢ただし at 23:53| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする