2020年10月06日

及川幸子元県議会議員がご逝去

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【在りし日の及川幸子県議、平泉世界遺産登録祝賀パーティーにて 2012年2月】



本日議会に当庁したら、同僚の佐々木努議員から元県議会議員の及川幸子さんが昨日ご逝去されたとの悲報を知らせれました。享年75歳。
あの元気印の幸子さんが、どうしてこんなにも早くという思いです。本当に残念でなりません。

幸子さんと私はは平成11年の県議会議員選挙に初当選した同期の桜で、平成11年から27年まで16年間会派こそ違えど共に活動しました。平成11年に16人が初当選を果たしましたが現職で議会に籍を置いているのは私を含めて3人だけになりました。16人のうち鬼籍に入られた方は3人を数えることとなり寂しい時の流れを感じます。

幸子さんはいつも元気溌剌としたエネルギーを感じる明るい人でした。質問や意見も率直、素直でした。自ら主婦感覚しかないからといつも謙遜していましたが質問原稿は手書きでいつも推敲の跡がくっきり残っていたのを記憶しています。

超党派の議員の勉強会の一つである「男女共同参画社会を目指す議員連盟」では長い間会長職を務められ、毎年欠かすことなく行った視察研修には私もほぼ休むことなく参加して勉強させてもらいました。

宴席で披露した幸子さんの歌は玄人はだしで、門倉美希の「ノラ」や加藤登紀子の「百万本のバラ」、越路吹雪の「ろくでなし」は絶品でした。


幸子さんとの思い出は数々ありますが、なんといっても平成19年2月議会最終日の岩手競馬存廃をかけた議決の一日は忘れられません。主要の交渉会派でも賛否が分かれ、私が当時所属していた「政和・社民クラブ」だけが一枚岩の状態で、幸子さんはじめ存続派のメンバーが入り乱れて私たちの部屋に出たり入ったりを繰り返し、共に策を練ったのでした。

特に幸子議員のテンションは朝からハイ状態で、Gサスケ議員が当時の朝になって突然議員辞職をするということになり、サスケ議員が辞職願を携えて議会事務局室の部屋に入るかどうかのタイミングで2階から「サスケ!逃げるのか〜〜!!!」と幸子議員が絶叫したシーンは今でも脳裏に焼き付いています。この場面はテレビメディアもキャッチしていて放映されたこともあり「逃げるのか〜〜」は長い間私の頭にこだましたものでした。それだけ地元水沢の思いを強く持って幸子さんはその日に臨んでいたのです。結果一票差をもって可決した時にはともに涙して手を握り合ったのでした。この瞬間は私は一生忘れないと思います。


思い出は尽きませんが、今は安らかにご永眠されますことをお祈り申し上げます。議会中で葬儀には参列できませんが、明朝弔問して一緒に活動したもらったことに心からの感謝を捧げ、手を合わせたいと思います。
posted by 飯沢ただし at 22:51| 岩手 ☀| Comment(2) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする