メディアでも東西ドイツの現況を特集し、東西格差がいまだに存在していることが報告されている。
私も東ドイツとの関わりが三井倉庫在職時代にあり、興味深く新聞記事を読んでいる。特に知人の毎日新聞の念佛記者は現在ベルリン在住で活躍中であり、最近特集記事が掲載されていたが現在のドイツの政治状況は所得格差と関係が深いことがよく理解できた。
三井倉庫は当時DSRという国営の船会社の横浜港における船内荷役を請け負っており、私は本担当ではなかったが、年に2〜3回は荷役監督を任されたことがある。
【本船 POTSDAM(ポツダム)】
DSRの本船は写真の本船POTSDAMやLEIPZIGなど東ドイツの地名を冠した船名で、ほぼ同じ構造でドイツ国民性を表したように船もコンパクトで汎用性に優れていた。
船員は東ドイツ国籍の船員のみであり、ドイツ人は仕事に対して非常に真面目で荷役中にトラブルを生じた記憶はほとんどない。当時のポーランドやソ連など共産圏の本船には必ず女性の船員が乗船しており、仕事中に船内で見かけることはちょっとした楽しみでもあった。
夜勤の時などは時間に少しは時間に余裕があり、船員たちとカタコトのお互いの英語で上陸パスをもらって東京のどこを訪問した方がいいかなどという話し合いに参加したこともあった。東ドイツ船の楽しみは昼食をご馳走になれることで、ごくたまにアイスパインという豚肉の丸焼きに当たるととても嬉しかった。いい思い出である。
東ドイツ解体とともにDSRという船会社も解散し、今は影も形もない。あの頃の船員は今どういう職業についているのであろうか。
ドイツのハンブルグにはDESYという加速器・高エネルギー物理学の研究所があり、私はまだ未到達であるのでぜひ訪問したいと計画しているが、その機会には旧東ドイツのロストック港にもぜひ寄りたいと考えている。