2019年01月12日

細井 計先生がご逝去

芦 東山(あしとうざん)記念館の館長である細井 計(かずゆ)先生が1月2日にご逝去されました。

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年明け早々に細井館長の急逝の訃報が駆け巡り、地域の皆さんも私も驚きと悲しみに包まれました。

細井先生は記念館の館長として芦東山先生の功績を世に知らしめると共に伊達藩や盛岡藩の歴史について古文書解説の歴史講座を記念館で開催されるなど広く地域に知られた存在でありました。

私も興味あるタイトルの時には記念館に足を運び先生のお話を楽しく拝聴させて頂きました。昨年は岩手県トラック協会一関支部の事業者研修会でも講演を賜り多くの事業者の方に芦東山や田村藩の歴史についてお話され、大好評で今年もぜひ続編をとの要望も数多くあったところでした。お酒も雰囲気も大好きな先生で懇親会にも参加を頂き私も親しく懇談する機会を得たのでした。


先生のお話はとても楽しく分かり易く、漢文をスラスラと読むお姿にはいつも流石歴史家と感嘆しておりました。特に年号を即座に西暦に置き換える術に私はいつも驚嘆しており、とうとう昨年の懇親会の席で先生は何時代から記憶されておるのですかとお聞きしましたら「江戸時代からですね」という返答と同時に「飯沢議員、そんなのは大したことないですよ。そのために年表というのがあるのですから」と一笑に付されてしまいました。

軽妙でかつ洞察力の鋭い細井先生の温容にこれから接する機会を失ったことは誠に残念でなりません。今は今日までのご功績に深謝を捧げ心からご冥福をお祈り申し上げます。

合掌
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2019年01月11日

上野善晴 県政顧問との再会

元岩手県副知事の上野善晴氏が昨年の八月に県政顧問に就任していましたが、本日県議会に就任挨拶に来県され、今晩県議会の有志で懇談会が開かれました。

集まった県議は超党派に及び、上野氏を知る議員も初めての県議も参加しました。上野氏は副知事に平成22年9月から平成25年7月まで務められ、県政発展に大きく貢献されました。特に東日本大震災の復興には財務省を主に自らの人脈をフルに活用頂き本県復興の助走をつけてもらった大功労者です。

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今日は震災時の激動の裏話やら故郷熊本県の話やらとても懐かしく愉快な時間を過ごすことができました。


しかし、実は私は上野副知事人事の議決の際に、「反対」を表明した一人で上野氏には反対分子とずっと思われていたかもしれません。その時の判断は痛恨事と詫びながら震災復興に対しての謝意を乾杯のあいさつの時に述べました。上野氏からも議決結果(わずか二票差で可決)にはかなり驚いたとのお話も披露されました。


今日あらためて認識したのは、何事も人とのつながりで動いていくということ。そういう意味では本県の国家官僚との直ルートの開発、例えば本県出身者や本県に縁のある方との発掘には十分に力を尽くしているとは言えません。


一方、ILCに関して言えば元県知事の増田寛也氏のこれまでの尽力も相当なものがあり、百人委員会の設置なども増田氏の発案と実行によるものが大きいことはあまり知られていません。


震災以降、お金の流れが地方分権社会を実現する方向とは逆行してしまっているのが現実です。理想と現実の差にまざまざとその悲哀を禁じえませんが、現実は現実と捉えて私自身も人脈の開発にも留意して活動していきたいと思います。

posted by 飯沢ただし at 23:58| 岩手 ☀| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月09日

信無くば立たず

今日は父の命日でした。

亡くなったその日は平成9年の1月9日の早朝でした。亡骸は入院していた岩手医大から私が運転して自宅まで運びました。途中盛岡南インターに入る国道4号線の交差点でトラック組合に亡くなったことを知らせた記憶がまだあります。


父は少年をそのまま大人にしたような純な心の持ち主でした。父は大の動物好きで、私が小学生の頃祖父がスズメを獲る仕掛を私に教えていたときに悲しい顔で「そんなのは可哀そうだからやめろ」と祖父のいないところで私に言いました。テレビのマジックショーも真剣に見て喜び、ペリーヌ物語の最終回は妹の前で泣いていました。

ラグビーは旧制中学から同好会を発足させ大学でもプレーし、40歳になったころ大東高校の高校生が空地でラグビーをやっているのを見て血が騒いだのか自薦押しかけで監督になりました。私が小さいころはラグビー中継は教育テレビで年に数回しか放映されませんでしたが、かなり一緒に見ました。監督になってからは高校生の部員も自宅に呼んで一緒に観戦したこともあります。父の影響で私もラグビー部に入部しましたが、ろくなコーチもいない部でしたので基本がなってない私を見かねた父が風呂上りにスクラムを組まされた記憶があります。私にとって最高の父とのふれあいの思い出です。今も元気で生きていたら今年のワールドカップ大会に夢中になり釜石に連れて行けと言うに違いないはずです。

私たち子どもに対しては優しい父でした。めったに大声で叱ったことはありません。むしろ厳格な祖父によく私は叱られました。ただ父の会社に入ってからは人としての配慮に欠けたことをしたときは厳しい叱責を受けました。


政治の世界へは祖父の政界引退から引き継いで町議になりましたが、県議への転出は自らの意志で決断したと後に後援者の方から聞きました。父にとって多くの人たちとの出会いは喜びであったと思いますが、当時の権謀術数の政治の世界は自らの精神の疲弊させてしまったかもしれません。でも多くの方々の信頼を得て政治の道で活動したことは本人はとても満足していたと私も確信しています。

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今年も各地の新年会に招待を受けて参加してかいましたが、今でも父との関わりによって私を応援してくれる方々はたくさんいて声をかけてくれます。本当にありがたいことです。きっと父も祖父に対して同じことを思ったのだと思います。私の政治の道に入った原点はやはり人との信頼なくして語れません。父を信じてきてくれた人たちを裏切れない、その思いが21年前に私の背中を押しました。父の命日に当たってあらためて原点に立ち帰り前を向いていきたいと思います。

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2019年01月03日

57歳になりました

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「57」という数字はハインツと切っても切り離せない大切な数字です。
もとをただせば1896年、創業者H.J.ハインツが電車の中で自社広告について考えていた時のエピソード。
彼は、ある靴の会社の「21のスタイルの靴」という車内広告に目が止まり、これを自社に当てはめてみようとひらめきました。当時既に60種類商品を超えていましたが、なぜか「57」という数字が頭から離れず、そのとき“57 Varieties”というフレーズが誕生したのです。100年以上経った現在でもこのフレーズは健在。数々のパッケージに見ることができます。


57で思い出したのがHEINZ(ハインツ)のパッケージ。

なるほど。

60以上あっても57にこだわる。このひらめきとこだわりが大事なのですね。

これにならって初志貫徹。健康に気をつけてこの一年頑張ります!

健康といえば・・・一昨年に悩んでいました50肩は名師の治療のおかげでほぼ完治しました。
しっかり手も振れますし、しっかり握手もできます(笑)

新年の挨拶とかぶりますが、今年一年どうぞよろしくお願い致します。

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2019年01月02日

岩手にまつわるスポーツ2019

今年は岩手にとって大きな国際大会があります。

言わずと知れたラグビーワールドカップ2019日本大会(釜石開催)です!
懸案課題の組織委員会からの指摘された鵜住居復興スタジアムへの追加設備の費用も何とか国の方から面倒を見てもらえるようで一安心。プレゲームとなる7月にはジャパンの公式試合も組まれました。このゲームが観客動員の導線などの課題最終チェックとなるでしょう。あとはいかに多くのファンに岩手に訪れてもらって楽しんでもらえるか。アクセス、ホテル、情報発信、’93世界アルペンの頃とは進化した情報媒体を活用させるか、大いに本県の観光総合力が試されることになるます。

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【リーチマイケル主将も7月に鵜住居に登場します!(予定)】


ラグビーの話題といえば今日の大学選手権準決勝で9連覇中の帝京大学が天理大学に敗れました。巨人もかつて達成できなかったようになかなかV10とは難しいものです。それでも毎年選手が入れ替わる学生スポーツで9連覇は偉業です。帝京大にはこれからまた新しい歴史を作ってもらいたいものです。

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もう一つのビッグな話題は、菊池雄星投手がシアトルマリナーズに入団が決定したこと。これで昨年エンゼルスに入団した大谷翔平選手と同リーグ同地区でプレーすることになり(19試合組まれる)海を越えての直接対決が見れることになりました。雄星投手は変則7年契約とのこと。怪我が最大の敵ですからしっかりケアして活躍を期待したいと思います。

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posted by 飯沢ただし at 17:27| 岩手 ☁| Comment(0) | My Favorites 【お気に入り】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月01日

迎春2019

新年明けましておめでとうございます。

今朝は除夜の鐘が終わると同時に地元の八幡神社に家族と初参詣してまいりました。

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母が厨房に立って料理することは愛犬のご飯をつくる以外は最近ほとんどなくなりましたが、お雑煮は張り切ってつくります。

2017年と同様に2019年に平成31年と割り切れない年でスカッとしませんが、健康で明るい年になればと思います。
今年は亥年。年賀状には「猪っと前進」のイラストを採用しました。

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猪は子どものうり坊の頃はとっても可愛いのに、大人になるとまるで極端に顔相が変わってしまうのはどうなんでしょう。


今年は国内は選挙の年。本県でも7月に参議院選挙。9月には県知事選挙と県議会議員選挙が予定されています。私も9月に立候補予定の声明を出しました。残りの任期を務め上げて、戦いに臨みたいと思います。

2月定例議会では会派を代表して代表質問をすることになっています。本会議場では最後の質問になりますのでしっかり準備を進めてまいります。
posted by 飯沢ただし at 23:24| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする