北の湖が亡くなったときも胸に響いたが輪島はそれ以上だ。
夜のテレビニュースで増位山が「左下手と半身の相撲で横綱になったのは輪島くらいではないか。彼は本当の天才だった」と語っていたが、実に技に秀でた横綱だったことは誰もが認めるところだろう。
【1973年に発売されたカルビー野球スナックでカードでなぜか大相撲編があった。その一枚がこれ】
輪島が横綱を張っていた頃、私は北の湖は勝手にヒールに仕立てていたので北の湖をやっつける力士は誰もがヒーローだった。輪島然り初代貴乃花然り、あとごくごくたまに勝つ富士桜も。
大人になって相撲に関しても知識が増してくると、いかに輪島の左下手と右の絞り(右手を巧みにつかって相手にまわしを取らせない)がいかに強烈で右と左の技の絶妙な連携であることを知り、輪島に興味が増してきた。
引退後は名門花籠部屋を継承したまでは良かったが、人の好さにつけ込まれ親方名跡を巡って相撲界を追放された形になったのは残念だったが、部屋の経営などに悩まされなくて結果的には良かったのかもしれない。
プロレスラーやタレントも生きていくためにやったのだろうが、私の中では今でも輪島は相撲界のヒーローだ。
最近は病との戦いだった聞く。輪島さんどうぞ安らかにご永眠下さい。子どものころ大相撲に熱狂させてくれてどうもありがとう。