2016年07月08日

18年前の参議院選挙にて

椎名素夫先生が最後に出馬されたのが今から18年前の平成10年になります。
当時の私は新進党が分裂し、純化路線に進まざるを得なくなった自由党から公認として出馬要請されている最中でした。その頃に父の支持者から椎名さんの選挙をよく見ておいた方が良いとのアドバイスを受けて、地元で少しだけお手伝いをしました。

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最終的に椎名素夫先生のお話する内容に触れ感銘を受け、自分の立ち位置を明確にすることが出来、翌年の統一地方選挙において無所属で県議として当選させて頂きました。当選後は椎名先生と思いを同じくする県議会会派「政和会」に入会することになり、椎名先生に直接お会いする機会も増え多くのご教示を頂戴しました。

椎名先生が熱心に運動を続けておられた参議院改革は、椎名先生が逝去された後はすっかり聞かれなくなりましたが、今選挙を通じてもう一度思い起こすために、偶然会社の机の引き出しに入れたままにしていた当時のニュースレター集が出てきましたので以下記しておきたいと思います。

◎参議院創設の経緯
終戦直後、GHQは憲法草案の中で、衆議院のみの一院制を提示しました。これに対して、日本側は「衆議院だけだと暴走する可能性があり、それをチェックする機関=参議院が必要だ」と主張し、二院制が敷かれることになりました。

◎参議院が最も存在感を示したとき
戦後間もなく、無所属の参議院議員が集まって、会派『緑風会』を結成しました。緑風会は「議論しても結論は出さず」が原則で、当然、党議拘束はありませんでした。本会議で録風会から二人の議員が登壇し、賛否両論の演説を行ったこともありました。

◎緑風会の衰退とともに参議院の存在感が薄れていった
無所属議員が勢力を誇った参議院に対して、衆議院は政党化が進んでいました。各政党は参議院を取り込もうとして、緑風会に対しても「入党」を迫りましたが、緑風会は断固として拒否しまし。しかし、左右社会党の統一、保守合同が行われた五五年体制以来、次第に政党化が進みました。解散のある衆議院は「常在戦場」であり、日常的に選挙準備を行っています。そういう衆議院の力を借りた方が選挙が楽になるという参議院議員が増えたことが最大の原因です。

◎政党化が進んで、参議院は衆議院のカーボンコピーになった
参議院議員が政党頼みの選挙を行うようになった結果、参議院は衆議院はの政党に頭が上がらなくなりました。衆議院を通過した法案を、政党の指示通りに機械的に成立させていくだけになってしまいました。衆議院と同じことを参議院でもやることになりました。同じことを二度もやるのは無駄として「参議院無用論」が言われるようになりました。

そして椎名先生はこう主張します。

なんでもプロセスが大事です。プロセスを無視していたら、仕組みをかえることができません。選挙のときから無所属を貫いていかないと「そうは言ってもなあ」ということになってしまいます。理想の旗をなくしてしまったら、参議院は完全に滅亡の道になってしまいます。参議院を改革するための芽を少しでも残しておきたいのです。



当時よりもより政党化が進み参議院は衆議院の「ねじれ」であることの不利益さまで公然と主張されるようになりました。もちろん政党が成熟し政党の地方支部にまで政策立案の機会があれば多少はその主張は正当化されるでしょうが、実際はどの政党も見渡しても政策形成プロセスは上位下達です。よって多くの政党所属の地方議員は自らの政策を有権者に語るよりも政局を重視した陣地争いの先兵に駆り出されることにエネルギーを割かれることになります。国政政党に属さない立場である私は、つとめて大義なくして流されてはいけないと思っています。

こうしてこの機会に参議院の存在を改めて考えるとき、参議院創設の経緯を鑑みなが本質を忘れてはならないと思い18年前の資料を引用しました。『緑風会』の復活は現実的には困難だとしても、せめてそのような参議院の独立意識を持った人を参議院に送り出したいものです。

以前にも書きましたが、ある野党党首が「オリーブの木構想」を打ち出しています。これを進めたイタリアで何が起きたかというと、過半数を維持するために少数政党の意向を無視することができず、国家元首がたらい回しされ、国の進むべき道を国民に示すことが出来なくなりました。羅針盤なき航海に出てしまった大失敗の事例をよく検証すべきです。したがってこのやり方は今の時勢に合致しているとは到底私は思えません。ましてや米国追従を止めろという政党とは私は外交政策における主義主張が完全に異なります。冒頭に書いた自由党の当時の政策は保守的傾向を認められましたが、その後政党の形を変節を経て、まさかこのような合意を得ようとは夢にも思わなかったというのが私の正直な感想です。この合意の行先がどこに着地するのか見通すことは極めて困難だと言わざるをえません。
posted by 飯沢ただし at 15:05| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする