2014年11月25日

権不十年

権不十年-。この言葉が広く世に知れ渡ったのは、今から23年前のことだ。発信者は細川護煕元首相。当時は熊本県知事であった。その実績から3選は確実視されたが、1991年2月に突然退任を表明。その際、口にしたのが冒頭で紹介した4文字だ

▼いささか聞き慣れない言葉だが、要約すれば「同じ者が権力の座に10年以上いるべきでない」との意味。その理由は誠に明快である。権力というものは、知らず知らずのうちに腐りやすい。どんなに健全であっても10年もすれば腐る、という戒め

▼その後、細川氏が説いた4文字を胸に刻んだ政治家が多く登場した。県知事クラスでは鳥取県の片山善博氏や三重県の北川正恭氏。いずれも3期12年は長過ぎる、と2期で退いた。今月11日に退任した福島県の佐藤雄平前知事も「権不十年」を口にした

▼そんな中で本県の達増拓也知事が15日、来年9月の任期満了に伴う知事選に3選を目指して立候補することを表明した。同氏が初当選をした際の公約には、知事の任期を「原則2期8年」と明記。さらに、震災後に再選を果たした時も県議会9月定例会で、同様の発言をしていた

▼多選の弊害を説いていた知事が、方針を転換した理由は震災復興だ。ただ、最近の県政を見ると、一関市の花泉診療センターをめぐる問題やらNPO法人の不明朗会計、DIOジャパン問題…と、ごたごたも絶えない

▼知事という絶大な権力を持つと、本人も気付かぬところで腐敗が始まっているやも−と危惧したのが細川氏。やはり復興を気にしながらも権不を憂い、初心を貫いた佐藤氏とは対照的だ。


昨日の朝、千厩の叔父から岩手日日社の上記のコラムを紹介された。
偶然にも、私が先日ブログで指摘した「知事とマニフェスト」と同様の指摘をしている。

私は多選について決して否定はしないが、達増知事の場合
・自らの約束(任期は2期8年)を破るには相当の理由がなければならない。
・3選を臨むならば、それ相当の課題を示し、道筋を明らかにしなければならない。
と思っている。

権不十年-。自らに対する戒めに対する思い言葉である。

ある新聞記事で達増知事が「いつまでも知事をやって下さい。という支持者もいる。」と公然と発言したのを見たことがある。

コラムの結びにあるように福島の佐藤前知事との意識レベルは程遠い。
posted by 飯沢ただし at 00:27| 岩手 | Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする