2013年04月30日

猪瀬知事調子に乗りましたな・・



やはりこの人は政治家ではなかった。
慣れない人がお山の大将になると調子に乗って、いらんことを喋ってしまう典型例。

これでかなり東京は不利になってしまったのでは。
こういう発言をめぐる失策は間違いなく後まで影響がでますね。
大体にしてこれから猪瀬知事にオリンピック関係者の要人はまともに会ってくれないでしょう。

私的には、オリンピックに係る優先順位は東京開催よりもレスリングとソフトボール(ベースボールと共同歩調を取ることになったらしいが)の種目復活の方が上でありますから、あまり目くじら立てはいませんが。

日本柔道界の不透明な組織体制も含めてJOCの関係者は頭が痛いはず。
さてさて、今後どのような巻き返し策があるのか。
posted by 飯沢ただし at 00:03| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月29日

布佐神楽150年の重み

一関市川崎町門崎の布佐地区に伝わる「布佐神楽(ふさかぐら)」が
150周年を迎え、併せて、本年4月5日に岩手県指定無形民俗文化財に指定された
記念式典と祝賀会が挙行されました。

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講演をいただいた 橋本裕之 追手門学院教授 岩手県文化財調査員の指定文化財調査報告書によると

布佐神楽は南部神楽に分類され、
南部神楽は法印神楽と旧盛岡藩の山伏神楽という2種類の神楽が融合し、なおかつ修験廃止後在地農民によって継承されていくなか、他芸能である奥浄瑠璃の演目を劇化するなど独自の発展を遂げつつ、伝承団体で融合を繰り返して今日の姿になったと考えられている。


布佐神楽は江戸時代末期、文久3年(1863年)に隣村の相川村より神楽(おそらく法印神楽)を伝授したのを創始とし、その後も様々な神楽の要素を取り入れ大正期までに現在の芸風を確立した。


法印神楽とは
法印(修験(しゅげん)者)が伝えた神楽。宮城県の石巻、牡鹿、桃生、登米、本吉、気仙沼などに広く分布する。この地域には明治維新まで多くの修験道場が置かれ、神楽はこれらに属する法印によって各神社の祭礼に演じられた。明治維新後は神仏分離により法印の職が廃止されたため、神楽も一時中断したが、その後地元の人の手により復興および継承がなされた。二間四方の舞台の天井中央に大乗という天蓋の一種を吊るし、奥に幕を張る。囃子は多くの場合太鼓と笛のみ。演目は「初矢(しょや)」「五矢(ごや)」「道祖(どうそ)」「白露(はくろ)」「日本武(やまとたける)」「岩戸開(いわとびらき)」など記紀神話を題材として神楽に構成しており、随所に修験道色が濃くみられる。系統としては出雲(いずも)流神楽の流れをくみ、山伏神楽とは内容的に大きく隔たる。[ 執筆者:高山 茂 ]

布佐神楽は明治末、大正期に隆盛期を迎え、戦後期に活動が衰退したものを昭和47年に布佐神楽保存会が設立されて伝承活動が再興されました。以後、川崎村指定無形文化財(昭和53年)等に指定され文化財としての価値が定まりました。

橋本教授の講演において、布佐神楽が評価されている点は
@ 宗教的背景が確立している
A 演目数が充実している
B 伝承している環境が優れている(地域全体で文化を支えている)

また、橋本教授は今後の課題についても触れられ
@ 長時間の演目を披露する機会を確保すること(長時間に及ぶ演目は大会などでは物理的に披露するのは不可能である)
A 節目である周年で記録をしっかり取っておくこと
B 専用劇場があればさらに良い(行政側の民族芸能の支援のあり方を考察してほしい)

また、岩手県は隣県と比して無形民俗文化財の指定が少ないこと、また県南地域の文化財の評価が低いことも指摘をされました。

我々が見過ごしているこの地域の文化価値について的確な評価を橋本教授から頂きました。
私も見過ごしているその一人であり、少なくとも今回配布をされた布佐神楽の演目解説書をしっかり読んでおきたいと思います。

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今日は叢雲神語(むらくもしんご)(八岐大蛇退治)の演目が披露されました。
素戔嗚尊(すさのおのみこと)のダイナミックな演舞と大蛇の動きが見事に調和して感動の演目でした。
大蛇は舞台の袖から二本の縄で巧みに操作され、演舞を凌ぐ迫力でありました。

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後刻、拝見した素戔嗚尊の面。内側は何代もの演舞者の汗が染み込んで黒光りしていました。

150年の歴史を刻んだ布佐神楽。
これからもその価値を伝承し続けていくことは我々の誇りにつながります。
その意識をつなぐ意味において、意義のある150周年だったと思います。

神楽とは全く関係ない話題ですが、
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門崎に行く途中の田んぼの中に狸を発見。
最初は猪かと思い、思わず車を停めました。
狸は珍しくはないのですが、こんな昼間に悠長に歩いている姿を見たのは初めてです。

狸さんも神楽を見に山から下りて来たのでしょうか。
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2013年04月28日

2時間で異常な2000アクセス

私が利用しているseesaa blogはアクセス解析ができるようになっているのだが、
去る24日の早朝の5時から6時にかけて訪問者数は12人なのに、2時間でなんと2000アクセスを示していた。

そのアクセスは過去のページをまんべんなく検索している模様。
国内でこの時間帯にインターネットをやっている人は少ないし、ましてや私のブログを早朝に見る人はほとんどいないはず。

そうなると海外の情報機関の仕業か?
北?KGB?CIA?中共?

謎は深まるばかりだ(-_-;)。
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2013年04月25日

震災復興予算流用問題について

本日の参議院予算委員会、経済・財政等の集中審議で標題の問題について
蓮舫議員が安倍首相に質問していたのをたまたま見ていた。

今日の民放ニュースでは
民主・蓮舫氏、復興予算流用問題めぐり安倍首相と論戦 参院予算委
フジテレビ系(FNN) 4月25日(木)20時22分配信

参議院予算委員会は25日、経済・財政などについての集中審議を行い、民主党の蓮舫元行政刷新担当相は、復興予算の流用問題をめぐり、安倍首相と論戦を交わした。
蓮舫氏は「無駄があるのであれば、それを止めていただいて、戻していただいて、被災地に使っていただきたい」と述べた。
安倍首相は「この予算自体を、こういう仕組みをつくったのは、皆さんですよね? 反省してないんですか? それは反省していますよね?」、「まさに皆さんが作った負の遺産を背負っているんですよ」と応じた。
この中で蓮舫氏は、復興関連の基金の予算が、いまだに被災地以外のパチンコ店やスーパーマーケットなどの省エネ設備の整備に使われていることを指摘し、こうした事業の執行をやめるよう迫った。
これに対し、安倍首相は、復興予算はもともと民主党政権が作った予算だと切り返したうえで、「予算の執行は、厳正に対処していく」と強調した。


大凡の議論の内容は報道の通りであるが、基金事業を止められない理由は答弁では明確にされず、不透明感は残った。一度決定した予算の流れ、省庁への分配が、政治体制の交代によっても簡単には変更できないという霞ヶ関の官僚パワーを知らされた議論であった。

今後、基金の使途については経過管理していくシステムを作り、起動させるとの政府答弁はあったので、被災地自治体の地方議会からも十分な監視をしていく必要がある。


話は逸れるが、蓮舫議員の品のない質問姿勢にはうんざりした。
森まさこ担当大臣への質問は復興予算の本質とは関係のない内容であり、政権交代で立場が逆になったら意趣返しの意地の悪いやり方としか見られない。
蓮舫議員はかつて猪口少子化担当大臣にも下品な質問をして、与謝野馨氏から痛烈な批判を浴びたが、これだけ批判をされながら同じような手法を繰り返すあたりは厚顔無恥も甚だしい。

参議院は良識の府といわれ、亡き椎名素夫氏は「参議院は衆議院のコピーにあらず」と参議院改革に尽力されたが、その思いが遠く離れていくような本日の議論を見て、その現状を嘆かざるをえない。
posted by 飯沢ただし at 23:57| 岩手 | Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月23日

TPPの意味するところ

昨晩のNHK解説者陣3人のTPP問題の解説は大いに参考になった。

クレジットカード論、アメリカスタンダードのトレードルールの確立など
要は、10年後を目途に中国が国際マーケットに主体的に関わる前に手を打っておくということだ。

また、聖域という表現は使用しないで、攻めの姿勢で交渉に臨むことも不可欠との論評も。

マクロ的にはその意味を理解はできたが、果たして現実とのギャップは大きい。

今後世界の人口は途上国を中心に確実に増えていくのに食糧確保の保証はあるのか。経済性のメリットだけでなく、国家保証の観点に立った食糧自給の議論も欠かせないはずだ。食糧はすでに戦略物資と化している。

大きく商流が変化していく中で、上記のような諸問題を抱え、この国がいかに存立していくか、これからも総合的な視点で考え、行動していきたい。

posted by 飯沢ただし at 18:35| 岩手 ☀| Comment(0) | My Opinion 【意見を申す】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月21日

TPP参加交渉決定す

インドネシアのスラバヤで行われていたTPP交渉参加11カ国は日本の交渉参加を承認した。
これを踏まえて、アメリカ合衆国政府は今月中にも議会に日本のTPP参加を通知するとされており、承認されれば7月下旬の次の会合から日本は参加可能となる見通しとされる。

日本政府は7月下旬の期限を何としてもクリアしたいがために事前協議で自動車分野で大幅な譲歩をし、農林水産分野の主要5品目などの「聖域」を確保するための最大の交渉カードを交渉入り前に失っているとの論評が目につく。

「交渉テーブルに付かねばルール作りに参加できない。」これも一理があることを認めるが、すべてはこれからの交渉次第。過去の国際交渉の事例から見てもタフな交渉にどれだけ耐えられるか不安はぬぐえない。

関税撤廃の例外をコメ、麦、乳製品、牛肉・豚肉、サトウキビやてんさいなどの品目で求めているが、通常のFTA交渉の例外品目は1%程度にあるのに対して、例外品目の5品目をすべて例外化すると全体の6%にもなる見込みだ。

現状の関税率と輸入割合は、

コメの関税率は778%で輸入割合は9%
脱脂分乳の関税率は218%で輸入割合は5%
バターの関税率は360%で輸入割合は0.4%

上記の数字を見ただけで国内生産に影響がどれほどのものになるか想像できよう。

関税だけでなく、国内生産においては農業就業者の高齢化も著しい。このような生産基盤を大きく揺るがす問題を、「農業所得を2倍に」などと簡単に政策を言って欲しくない。

これからの交渉過程については、生産者に対して信義を失わないような丁寧な説明が求められるのはもちろんのこと、撤退も視野に入れた交渉力が不可欠と考える。
posted by 飯沢ただし at 23:59| 岩手 ☁| Comment(0) | My Opinion 【意見を申す】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月12日

宮城県議会と合同でILC実現へ要請活動

本日、岩手県議会と宮城県議会が合同で北上高地へのILC実現に向けて関係機関への要請活動を行いました。
両県議会とも3月にILC推進議連を立ち上げており、岩手県議会は正副議長をはじめ議連の代表者が要請活動に参加をしました。私も岩手県の副会長として参加です。

A班とB班の二手に分かれての要請活動を行い、私はA班で
復興庁と文部科学省に要請。

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復興庁では長島忠美 政務官と宮城3区選出の西村明宏代議士に対応して頂きました。
長島政務官は復興庁の岩手県担当の政務官です。元山古志村の村長といった方が分かりやすいですね。

要請内容は
1.国において、国際リニアコライダー日本誘致の方針を早期に決定すること。
2.各界における全国的な推進体制をそれぞれつくり、日本国内への誘致に向けた機運の醸成を図ること。
3.現在研究者グループで進められている評価で、北上山地が候補地として適地として判断された場合、東北の復興に貢献するプロジェクトとして、強力に支援を行うこと。


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私の方から地元として数年間にわたりILCの意義等について地域住民に浸透を図ってきたこと、子供たちがILCに対しての期待がものすごく高いことを申し沿えました。

長島政務官からは各方面、各階層からの支援の声を上げていくことが大事との評価を頂き、西村代議士からは九州勢の要請活動も活発になっているので、東北勢も頑張らねばとの激励がありました。

急遽、国会の審議が入ってきたので文部科学省では研究振興局長の吉田氏に対応して頂きました。

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同行した岩手県の大平主席ILC推進監の話によると、つい最近まで文科省はILCに関して慎重な姿勢だったそうで、今日の要請活動の中で吉田氏から

「文科省内にILCについてのタスクフォース(特別地チーム)を結成して関係各国との調整を図る段取りに入った。」

との発言は大きな前進であるとのことでありました。

今回の要請活動で感じたことは、宮城県との合同による活動は単独で行うよりも重みが違い、次回は東北全体での意思統一と行動が出来ればさらに厚みが増すと思われます。北海道・東北議長会においてアクションを起こすとの宮城県議会議長の発言もあり、熱を上げていくことが求められます。
posted by 飯沢ただし at 23:59| 岩手 ☁| Comment(0) | ILC 【東北から世界に発信!】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月11日

初めての貨物船

4月のこの時期になると学校を出て社会人になった時をことを思い出します。

稼業の運送業と関係のある倉庫会社に入社したものの、任された仕事は外国船の船積み監督(フォーマン Foreman)という仕事。入社間もなくは船会社の代理店の仕事でしたが、フォーマンセクションの人手不足か事務系の仕事が不適格の烙印を押されたかのどちらか、もしくはどちらもで、頭よりも体力と気合を重視する方へと配属されたのでした。

それで先輩に連れられていった最初の船がフランスの船会社で西アフリカ航路の船で
C.R.Doulaという船でした。同じ航路をC.R.AbidjanとC.R.Librevilleの3隻で回していました。(後にC.R.Librevilleが外れてC.R.Poite Noireが参入)

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当時の船の写真はなくて残念ですが、調べているといろいろな船会社を経ていまだ現役で頑張っているようです。当時の船は写真の配色とは似ても似つかぬ赤い船体にクレーンは純白で、とても海の青に映えたきれいな船でした。

後に自分がこの船の正担当となり、こちらの船会社の代理店のポートキャプテンには可愛がれてもらいました。この船に関してはいい思い出しかありません。
また、貨物の積荷責任者(スーパーカーゴアテンダント)はフランス人で、彼らと仕事の合間にいろいろなおしゃべりを交わしたのも今となっては自分の世界観を広げるのに大変役に立っています。

士官クラスはフランス人でクルーがアフリカ諸国という船員構成でしたが、一隻だけオールフランス人というのがあって、フランスの方は3時間も昼休みに時間を使い、挙句に食事をする部屋に鍵をかけられて、食事中は一切仕事とは隔絶の状態で、肝心の打ち合わせが出来なくて困ったことがよくありました。

東ドイツの船もたまに担当しましたが、フランス人とドイツ人とではこうも仕事に対する取組姿勢が違うのかとしみじみ実感させられました。

私が新入社員で入社したのも今から約30年前。最近のフォーマンは女性もいるとかで、そのような話を聞くと月日の流れを感じます。

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赤と白の船体の写真を見つけました(2013.8.24)ので追加します。

posted by 飯沢ただし at 23:35| 岩手 ☁| Comment(0) | Good Old Vessels【懐かしの船】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月08日

ナチュラル・サイエンス

今の時期は入学式が花盛り。東北地方では入学式と桜の花の時期はまったく合致しませんが、新入生の心持はやる気で満開となればすばらしいことです。

さて、今日も前回紹介した「童話と政治」より
(この本は読めば読むほど面白い。)

椎名悦三郎氏が東京帝国大学を卒業して、農商務省に入る決心をした。入る動機は、やはり東北地方の貧しさを救うという目的があった。首尾よく採用通知を受け取り、叔父である後藤新平のところへ報告に行ったら、「大学で一片の法律を勉強して農商務省に入ったって、物の行政は解るまい。物の行政に必要な自然科学の教養がないのでは、モノになるはずがない。一年ぐらい役所に入るのを見合わせてもらって北里研究所に行ってナチュラル・サイエンスの手ほどきを受けてきたらどうだ。」と諭される。

悦三郎氏は唐突な提案に些か狼狽し、叔父の言葉にを気にかけたが、そのまま農商務省に入る。

しかし、その後、悦三郎氏が満洲に満洲実業部計画課長として赴任したときに、後藤新平が言った
ナチュラル・サイエンスの必要性を痛感させられたという。産業開発以前の基礎的教養、自然科学の知識がいかに実学として重要であったかということである。


後藤新平は高野長英の血を引く医師でもあり、自然科学の道に通じていたと推察するが、実際に政治の世界に入ってからも政治とは無縁ともいえる自然科学をも網羅した信念を持っていたことは、さすがに並みの政治家ではない。

こうした背景を知ると、何だかILCが椎名素夫氏に自然につながっていったのはこのような系譜が成す必然かもしれない。と思ってしまう。

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科学するという言葉は昭和30年代初めに世に流行したらしいが、今からでも遅くはないと思わせる後藤新平の言葉である。
posted by 飯沢ただし at 01:29| 岩手 ☔| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月01日

桃太郎政治論

本日から新年度の始まりです。
新人を迎え、また人事体制の入替による組織の新体制始まりの日でした。
私も心新たに新年度を迎えるにあたり、本県所縁の先人のことばを噛みしめて心をあらたにと考えました。

先日、叔父から書棚整理をしたら、この本が出てきたので読んでみたらと勧められたのが
椎名悦三郎 著「童話と政治」 です。
この本は悦三郎氏が岸内閣の官房長官や池田内閣の通産大臣をやっていた頃に、夜ごと自宅に来た新聞記者と雑談したものを秘書が克明にメモしたものが元にしたもので、すべて会話調で記されています。

悦三郎氏と高野長英や後藤新平との関わりについても詳しく書かれています。
その中で悦三郎氏の叔父になる後藤新平の考え方と行動には一際目につく内容があります。

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後藤新平は晩年、放送事業や青年団体の指導を行っていましたが、特にも政治倫理化運動に熱心に全国行脚した話はあまり知られていません。

後藤新平は「桃太郎政治論」をもちだして直接民衆に説きました。

昔の桃太郎の歌は
「桃から生まれた桃太郎、気はやさしくて力持ち、鬼が島をば伐たんとて、勇んで家を出かけたり。情につきくる犬と猿、キジもなんとかお供する」

ところが近頃の歌は
「桃太郎さん、桃太郎さん、お腰につけたキビ団子、一つ私に下さいな。あげましょう、あげましょう、鬼が島の征伐に、ついてくるならあげましょう」

昔の歌は 仁徳と愛の政治をあらわしているが、新しい方は「一つ私にくださいな」は全くの功利主義、条件闘争の歌だ。

いまの政治をみて思うのだが、政党は利権獲得会社の観がある。これおは新しい桃太郎の歌の功利主義の精神だ。くだらない。こんなことでは政治はよくならない。

歴史の歯車というものは、官僚政治から民主政治に移行していく。大衆が政治を行うのは必然だ。しかし、まだまだ一般大衆は政治に対して盲目である。政党政治家はこの盲目な民衆をだまし、功利主義的政治を行っている。政治家が功利主義だから、時代の風潮は右ならえである。これはなんとか是正しなければならない。政治家に何をいっても無駄だから、国民に直接語りかける以外にはない。


90年経った平成の世において後藤新平の心配は解消されたでしょうか。
なにやら不明な蓄財で裁かれた事件が頭をよぎります。

椎名悦三郎氏はこうした後藤新平叔父の悲壮な思いを受け継いで、政党の近代化に多大な尽力をしました。

著書の中で、選挙というのは納税とともに国民の厳粛な国家に対する義務であり、派閥争い解消のための手段として小選挙区制度をやることは選挙に対する冒涜とも述べられています。

まさに温故知新。

先人の高潔なる精神を失わせてはいけません。
posted by 飯沢ただし at 23:44| 岩手 | Comment(0) | My Boom【密かなマイブーム】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする