2012年12月31日

さようなら2012年

今年もあと残すところ3時間を切った。

今年の県政を振り返ると、県行政にあってはトップリーダーが例のごとく政治的な発言を除いては建設的な発言も行動もなく、ダイナミックな動きはほとんどなかったと言っていい。
県議会にあっては民主党の分裂 → 新たな会派が結成、それによって我らが「地域政党いわて」も4人のままで交渉会派として認められることとなった。政治の潮目が変わりつつある局面を迎えた。
12月の総選挙を経て、今後県政はますます流動的になることが予想され、流動化の起源となった年と後々に語れることであろう。

その背景を含めて、政治への信頼は一義的に政治家が負うということを肝に銘じて、来年は行動しなかればならない。

今年はこのフログも批判めいた記事の内容が多かったと自己反省する部分もあり、来年はより建設的かつ提案力を高めた別の角度からの行動をすることを目標にしたい。

来年は何より、ILCの国内における候補地の選定がされる重要な局面を迎えることになる。残された期間、自分の与えられたステージで全力で活動をしていく決意をここに申し上げます。 

今年一年ブログを見て頂いた皆様にに感謝を申し上げます。
ありがとうございました。

来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。                                                                                                                                                                         
posted by 飯沢ただし at 21:53| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月29日

民意を語る人の正体

産経新聞関西ネット版より転記

−−今回未来の党が発足するに当たり、小沢さんの存在が大きかったのでお聞きするが、今日大津まではるばるきた思いを。

 小沢氏「今日は両代表の会見ですから私が言うべき筋合いではないが、自分の地元の岩手県知事からご紹介をいただいて、お会いしたということもあって、その意味においては、最初の窓口という立場にあったのですから、両代表の会見に、横に座らせていただいたということです」

 《スタッフが「これで時間です」と言って質問を切り上げ、会見終了》


日本未来の党の分裂については当初から選挙目当ての合流と見え見えでしたので、さしたる驚きはありませんが、卒原発を大きな旗印に据えて戦った政策はどうするのか!は私は厳しく問いたいのです。それで比例で「未来」と少なからず書いた有権者はいたのですから。とりわけ分派した「生活の党」の方々の政治行動から目を離してはいけません。

嘉田知事への仲介をとった達増知事、結局は政治ゲームのお膳立て役を買って出たが選挙結果の「民意」は全く添わず、そして破談・・・

とにかく味がよろしくないですな。
posted by 飯沢ただし at 00:12| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月22日

ILCを呼び込む良質な地質

岩手日報で神田記者によるセルン視察レポートが始まりました。
私の視察と前後する日程となっていましたので、私の視察後の課題を神田記者に実際に会ってお話をする機会があり、伝えてありましたので今後の神田記者のレポートに大いに期待です。


北東北の若手議員の有志で組織している「わらし塾」という勉強会があります。
私もかつて正会員でしたが、50才となりましたので現在はOB会員です。その「わらし塾」の一行が一関市を訪問し、ILCに関して視察するとういうので、私も同行させてもらいました。

旧丑石小学校で県と東北大学で行った地質調査の標本を見ることが出来ました。

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県庁の説明員によれば、これほどの良質な花崗岩を地質調査で採取することができるのは、日本では当該北上高地南部しかないのではないか、とのことです。

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ILC建設予定地である北上高地は大きく花崗岩帯は3つあり、丑石小学校から北西側の小黒滝周辺の地下が人首(ひとかべ)岩帯と千厩岩帯が接合している部分があります。その部分は、ひょうたんの首のように岩帯が狭くなっていることから地質状態を詳細に調査したのが上の図になります。南北だけでなく東西にも調査した結果、問題がないことが判明しました。

現在、国の調査費でILCの電子と陽電子が衝突する地点を調査しています。この地点は巨大な観測機を設置するので大きな空洞を作る必要があり、重要な地点となります。


総選挙の結果により、自・公への政権交代となりました。民主政権時ではなかなか前進が見られなかった部分がありましたが、東北の創造的な復興のために、国ではILCを閣議決定されて、迅速なる準備にかかってほしいと期待するものであります。
私も年明け早々に県政報告会等でILCの正しい理解の情報発信にさらに努めてまいります。
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2012年12月21日

椎名悦三郎氏のこと

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城山三郎の「賢人たちの世」を読んだ。
内容は「政界の三賢人」と称された、椎名悦三郎、前尾繁三郎、灘尾幸吉の共に時代を生きたノンフィクション小説である。
椎名悦三郎氏の秘書であった地域政党いわての亀卦川富夫氏も実名で出ている。


椎名悦三郎氏については伝聞でしか知らなかったので、大変興味深く読んだ。
「省事」「同極異路」
好んで使われた言葉で本人の生き方の輪郭が見えてくる。

副総裁時に、日中国交正常化前に特使として台湾に派遣され、サンドバッグのように打たれて耐えた困難な任務、日韓条約締結時のタフな交渉の様子がビンビンと伝わってくる。

悦三郎氏は派閥中心の党運営の限界を早くから見抜き、党の近代化に尽力されたことは新鮮な発見であった。
党の近代化は政治家を志したときからの初心であるばかりでなく、叔父後藤新平から引き継いだ精神であったことも。

政党の体質が立派でないと、政治の信頼は得られない。

省みて、今の政党政治はその頃から発展しているであろうか。
選挙目当ての政党の離合集散。政治の信頼とは程遠い。

先人から学ぶことはとても多い。
posted by 飯沢ただし at 23:57| 岩手 ☁| Comment(0) | My Boom【密かなマイブーム】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月18日

総選挙が終わる

総選挙が終わった。
杯盤狼籍、道路には野立てのポスターの残骸が泥をかぶり、残っている後は、そこに勝者も敗者もなく、後始末の悪さが政党の選挙に関わった姿勢を物語っているようだ。

結果は自民党の地すべり的勝利。本県もその恩恵に十二分に与かり、比例で3人の復活当選と相成った。
民主党の政権担当能力が疑われ、国民が期待した第三極も野田総理の不意打ち解散にアタフタし、自民党に漁夫の利が回ってきたといったところか。本県の代議士も8人となった。任期は長いようで短い。選挙で訴えた被災地の復興に全力を挙げて欲しいと願うばかりだ。

今回の選挙は、私は、肝心の政策が各党比較しても〇と☓と△が混合して判断が困難な上に、第三極が政策よりも政局を選んだ時点で一気に熱が冷めた。場外で第三極周辺からの要請らしきものはあったが、結果として「地域政党いわて」が特定政党の推薦、支持をしなかったことは正解だったと思う。

選挙前の私の希望は、政界再編が早期に実現するために、健全な保守勢力の結集が可能となるような議席数の配置であったが、結果、自・公で絶対的多数となったとなっては希望も叶うことはなくなった。

本県の政治勢力も一気に流動化することとなった。「民主」が「未来」の怨念の挑戦を撥ね退け、「自民」が議員数の上では台頭した。来夏の参議院選挙に向けた動きも激しくなっていくことが予想される。

「選挙」で示された民意に沿うことの重要性を日頃から力説している達増知事。選挙後なんやら民意の結果に対するコメントが見当たらないが・・・
政治の言葉遊びはもうたくさん。 今からでも知事の職責に100%集中してもらいたい。
posted by 飯沢ただし at 23:27| 岩手 ☀| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月15日

ILC設計報告書完成発表会

秋葉原でILC設計報告書完成発表会があったようです。知人から報告を受けました。
県庁、会議所連合会、一関市長、PSGの関係者等約200名参加。
増田寛也 日本創生会議座長とKEKの鈴木機構長らとのパネルディスカッションも催された模様。

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【報告書の贈呈式の様子】


いよいよILC誘致実現に向けてのカウントダウンです。
明日の新聞報道が楽しみです。
posted by 飯沢ただし at 23:22| 岩手 ☔| Comment(0) | ILC 【東北から世界に発信!】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月12日

議会の責任

今日で12月定例議会は閉会。
本日は採決が行われ、継続審査となっていた23年度の県立病院事業会計と一般会計の認定案件も議事に組み込まれ、どちらも賛成多数で不認定となりました。
不認定の意味するところは議会が23年度予算執行に疑義があり、認めることが出来ないという意思表示です。

当局から花泉診療センター民間移管の最終報告が提出されましたが、次なるステップに進むための内容に乏しく、内部資料的な総括を見ているようで、今事案の最大の肝である、何の理由で唐突に民間移管に踏み込んだのか原因、理由は不明瞭、不明確なものでした。県が地域医療のモデルとまで言い切った民間移管の破綻の責任は重く、今後の医療政策にも影響を与えることから不認定としたものです。

私が「地域政党いわて」を代表して不認定の立場での討論を行いました。
討論の原稿の骨子は私が、及川あつし幹事長が加筆をして完成したもので、まさしく会派の意思を明らかにした討論でありました。

「地域政党いわて」平成23年度決算に対する討論

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決算審査における議会の最大の役目は、執行部が血税を使って仕上げた事業のお金の使い方が適正であるか否かを厳しく審査することにあります。

決算を認定するとした他の会派の討論では、23年度予算は東日本大震災からの復興予算が大半を占めているので、一事業の失敗で不認定とするのはおかしいとの討論の内容でしたが、

我々の立場からは、県の医療政策の根幹を成す政策が失敗をした責任を曖昧にしたまま、認定することこそ議会の権能を放棄するに等しいのではないかと判断します。

もしや、認定するとした判断の基準が「県の職員が復興で頑張っているから」「不認定は復興の妨げになる」程度だとしたら、臭いものにはフタをして、都合の悪いものには見て見ぬフリをして通り過ぎる詭弁だと私は断じます。
posted by 飯沢ただし at 23:52| 岩手 ☁| Comment(0) | My Opinion 【意見を申す】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月09日

歓喜の対抗戦Aグループ復帰!

ラグビーシーズンも佳境に入ってきたこの頃。
今日はいいニュースが飛び込んできました。
母校のラグビー部が本日の対立教大戦の入替戦に勝利して(15−7)Bグループから1年で抜け出しました。いわゆるセレクション入学で有名校からの特待制度は全くなしにもかかわらず、この頑張りには心から敬服します。スタッフをはじめ1年間の臥薪嘗胆の思いでの練習の積み重ねだったことでしょう。昨年は立教に敗れてBグループ降格だっただけに同じ相手と戦いリベンジを果たしたことはさぞ歓喜も極まったことと思います。

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来年はまたAグループでの厳しい戦いが待ち受けています。
2勝以上を目指して頑張って欲しいです。
時間が取れたら来年、秩父宮に行き、ぜひ校歌を歌いたいですね。

さて、母校といえばOBでは自民党総裁であられる有名な方がいらっしゃいます。

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また総理大臣になったら大学同窓会で祝賀会を催すのでしょうか?気になるところです。
posted by 飯沢ただし at 23:53| 岩手 ☁| Comment(0) | My Boom【密かなマイブーム】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月07日

津波警報発令!

ただいま県議会本会議中でしたが、盛岡市内震度5弱の大地震が発生。

質疑の途中につき現在休憩に入りました。
議場もかなり揺れました。

津波被害がないことを切に祈ります。

posted by 飯沢ただし at 17:52| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月02日

師走の衆議院総選挙

私が、初めて衆議院選挙を意識したのは、小学校5年生の時です。
調べましたら昭和47年の12月10日が投票日で任期満了による選挙でした。
なんと選挙日が日曜日に定着したのはこの選挙からだそうです。その前は平日に行うこともあったのですね。このころ「解散バンザーイ」が同級生で一時流行しました。

昭和47年の1月に父が町議会議員に初当選したこともあり、選挙にも自然と関心が出てきたのでしょう。その頃は衆議院議員は議員の王様みたいな存在でした。テレビの政見放送も真剣に見ていた記憶があります。

解散バンザーイ流行の延長戦があって、各々の候補者になりきっての選挙ごっこなるものに発展しました。田中派では「決断と実行」バッチが、別の保守系新人候補者にはイタリア国旗に似たバッチが後援者に配られて、(今思えば余裕の時代でしたね)祖父さんとか親父からもらって学校までつけていったのでした。


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あれから月日は流れて40年。
中選挙区から小選挙区へ、比例代表制度の導入など選挙制度も大きく変わりました。
公約からマニフェストへ 選挙のアプローチも変化を遂げてきました。(マニフェストの信頼性は前回の選挙で完全に失われてしまいました。本当に残念なことです)。

小選挙区制度になって候補者の品格や人間性が問われることがなくなった気がします。
一つの議席をめぐって政党と政党のぶつかり合いをマスコミも大きく取り上げ、まさに白か黒かを多くの有権者が迫られるケースが多いのです。政権交代が実現可能な制度で導入された小選挙区制度ですが、3年前の民主党の例を見ても政権政党に足る力がなかったことは明らかで、真の政党政治が我が国に熟成しないままに制度だけを先行してしまった結果となってしまいました。

今回の衆院選も一票の格差を是正しないまま違憲状態で選挙に突入する訳で、選挙後には速やかなる本質的な改革が求められます。

40年前と同じく師走選挙となった今回の衆院選挙。
政党の離散と結党が公示前にわかに繰り返され、本来であればかなり重たい政策である原発政策が軽々に取り扱われる。選挙前の重厚感は40年前の方があったような気がします。

地域政党いわて衆議院選挙における基本方針
posted by 飯沢ただし at 23:57| 岩手 ☁| Comment(0) | My Diary  【ふつうの日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする