2011年11月30日

にわか金看板一年で朽ちる

本日から12月定例議会が開会しました。

今定例会の議論の中心は放射線対策(教育現場、稲わら、畜産、除染等)、東日本大震災への3次補正予算、花泉診療センターの民間移管破綻になる見込みです。

特に、先の決算特別委員会が花泉診療センター、いわゆる白光(びゃっこう)問題により、県立病院等決算とそれに関わる一般会計予算が継続審査となった経緯があり、再度、集中審査が行われる議事日程が組まれています。今議会で決算認定か不認定かの結論を出さねばならないので、議論の方法や組み立てのために一層の熟議が要求されます。


本会議終了後に決算特別委員会が開かれ、課題となっていた県と医療法人「白光」の会談結果に関係した事実関係のみに限定した質疑が許されました。

私は、当時の県が強力な姿勢で「地域医療のモデル」とまで言い、民間移管に固執し、県立病院の設置条例を廃する議案まで提出しておきながら、相手の都合で10年契約が1年余で破棄しようとしていることに関した質疑を数点行いましたが、

帰ってくる答弁は、県の都合のいい事実ばかりをピックアップし、白光を一方的に悪い方向へ押し込めて臭いものには蓋をして逃げる姿勢が見えかくれし、何ら花泉地区の地域医療のあり方や、ベッドを確保するためにこのように考えている等の方向性を示したものはありませんでした。

このようなことは本会議でも委員会でも何度も何度も繰り返しているだけで、なんら建設的な議論がされないことに本当に情けなくなります。

委員会開会前に知事が記者会見で「無床のままでは契約の破棄の選択肢もあり、県が当初の計画通り無床化診療所に戻すこともありえる」と言及していながら、委員会では私の「契約破棄する意思を白光に伝達したのなら、次なる展開は医療局で腹案を用意しているはずだから示せ」という問いに知事記者会見の内容は伏せておくなど、納得しかねる対応ばかり。

次回の12日の集中審査では、「地域医療のモデル」と言い放った金看板を1年で朽ちさせた責任を徹底的に追求し、両磐医療圏の将来のあり方を自ら提示していきます。
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2011年11月27日

真理を突きとめよ!

今晩放送されたNHKスペシャル「 原発”安全神話”崩壊 」は衝撃的な内容であった。

かつて原子力行政や電力会社、責任ある立場にいた人達の証言で、いわゆる「原子力ムラ」の閉鎖的かつ責任の所在を意図的に回避する議論や行動が明らかになったことだ。

11月23日に東山町で聴講した 環境エネルギー研究所の飯田哲也氏が話していた内容を裏づけする内容であった。

立地要件、シビアアクシデント(重大な事故)に対する対策など、原子力発電所の建設ありきで、都合の悪いものには目をつぶってしまっていた事実。すべては国家にとって原子力発電は有益になるという一点でレールが敷かれていた状況。非常用の電源確保も確率論で処理され、津波で完全に電源が完全に遮断されることを想定することすら避けていた事実。アメリカのスリーマイルアイランド事故からの教訓も活かすことはしなかった。慎重な議論も中にはあったそうだが多数の利益者の前で声はかき消されてしまった。高度な技術や情報量を持ち得た人が沢山いたのに、事故が起きてしまえば近隣住民が害を被るのを認識していながら安全神話に寄り添ってしまった。


すでに重大な事故が発生してしまい、何をいまさらとと当時の責任者に声を大にして叫んでみても何も解決しないが、これらの議論と意思決定に至るまでの経過はしっかりと検証する必要がある。 

思い起こせば同じようなことがあった。

花泉診療センターの民間移管時の県議会での議論で、多数の推進派は「対案を出してみろ!」と凄み、医療提供サービスの中身の議論に応じようとせず、意図的に回避した。現在惹起している問題をどのように捉えているのか議員間討議をしたいくらいだ。


すべては総合的に物事がどのように動くのかを想定しないと判断を間違えてしまう。
自分は常にその視点を忘れないようにしたい。
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2011年11月26日

地域の誇り

去る11月20日に行われた一関市・藤沢町の合併記念式典で披露された
藤沢小学校のマーチングバンド

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記念式典会場、U−DOMEに詰め掛けた多くの参加者に感動を与えました。
合併を機会に新たに姉妹提携を結んだオーストラリアのセントラルハイランズ市の市長や議員も式典に参加し、ピーター市長は感動のあまり子どもたちにぜひ挨拶したいと言う程の演技の完成度はバツグンでした。

藤沢町の小学生マーチングバンドだけでなく国際交流も縄文祭りも一朝一夕で成し得たものではなく、藤沢町民が長い月日をたゆまなく活動を支え継続してきたことに大きな価値があります。
マーチングバンドを指導されてる方もかつて子どもの頃に自らが演技演奏された方だとか。
これこそ地域の誇りでありましょう。
藤沢地域以外の方々は子どもたちの演技を見て何かを感じてくれたはず。

地域が育む教育・文化。
藤沢地域の全ての皆さんから忘れてはならない貴重なものを教えていただきました。

藤沢町という名前はなくなるけれど次に続く子どもたちも誇りを持って続いて欲しいものです。
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2011年11月23日

立川談志さんにまつわる思ひ出



立川談志さんが亡くなられた。享年75歳。

私は偶然談志さんに会って話をしたことがある。
三井倉庫に入社して三年目の春だったと記憶している。今から25年も前のことだ。

会ったその場所は外国貨物船の船上で。

私が担当していた「UASC」の船でシュタルケンの船ではなく25トンジェミニクレーンタイプだったから「IBN BAJJAH]だと思う。

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【ネット検索したら画像がありました 本船「IBN BAJJAH」(感激・・・涙)】


週末を挟んで、乗船したらインド系の英国人のチーフオフィサー(私が関わったC/Oでベスト3に入るナイスガイで、運よく彼とは3回一緒に仕事をした)から「昨日、鎌倉に足を伸ばして遊びに行ったら、談志というエンターテイナーに会った。奴は有名か?」と尋ねられ、「そうだ!」と応えたら「今晩彼を呼んでパーティーをするから、お前も来い。」と誘われた。船上でのパーティーは船長の許可がなくては開かれないので、彼はよほど信頼のおける男だったのだろう。船会社の人間にもスーパーカーゴアテンダントにも誘いがなく、仕事関係者で私だけに誘いがあったのでとても嬉しかった記憶がある。

その晩、作業服ではないスーツ姿で乗船したら、とんでもないお祭りが始まっていた。
談志氏が10人以上も芸人を引き連れてきて、上へ下への大騒ぎ。貨物船の部屋の広さは限られているので、あちこちの部屋でマジックあり、歌あり、ダンスあり。談志氏はすでにベロンベロンに酔っ払っていてただただ皆と(主に上級仕官は英国人)と一緒になって騒いでいた。私は何しろ芸能人と一緒に酒を飲むなんて機会も初めてなので緊張しながら場を楽しんでいた。

談志氏の名前がでると必ずあの日を思い出す。そういえばいつもは不便な大黒埠頭に停泊するこの船が、市街地に近い山下埠頭に接岸したのも何かの因縁だったのか。


談志師匠も亡くなられてしまい、頻繁には思い出すことはなくなるかもしれないけれど、あの愉快な夕べの船上の秘密パーティーのことは一生忘れられない思い出だ。
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2011年11月17日

災害対策特別委員会視察

改選後に改組された「災害対策特別委員会」の視察があり、釜石市に行ってまいりました。

午前中は沿岸広域振興局内で大槌町と釜石市の復旧・復興状況を説明を受け、質疑意見交換。
私は釜石市の新産業創出について質問。

再生エネルギーのベストミックスを目指し、既に新日鉄と進めている木質バイオマスを中心としながらLNGの基地も視野に入れた構想をしているとのこと。来年の3月末までに経済産業省から特区制度も含んだ選択肢を示した提案を受けた後に、具体的な作業に入るとのことでありました。

高規格道路、港湾、新日鉄、SMC、海洋開発研究所などグッドシーズが存在している釜石市は、広域全体の産業振興の底上げを図り、雇用の受け皿の土台をつくっていくように県議会も研究と提言が必要と再認識致しました。

午後は鵜住居地区の集合店舗を視察の後に平田地区の仮設住宅へ。

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【よく見かけるレギュラータイプの仮設住宅】


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【共通の屋根を増設している新タイプの仮設住宅も】


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2つの自治会の方々と意見交換いたしました。要望は多岐にわたりましたが、現在の問題の中心はこの冬をいかに過ごすかということに集中しました。市の職員の方も自身も被災成されている方もいる中で問題の解決を図らなければならないわけで、どちらの立場に立っても大変さが身に沁みて感じてまいりました。

以前、陸前高田市長が言っていたように問題を風化させない努力は、内陸に住む我々こそがしっかりとしていかねばと痛感いたした視察でありました。
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2011年11月15日

2年ぶりの「食の文化祭」

すっかり有名になった京津畑食の文化祭

昨年は交流施設が建設中だったためにお休みしたので、今年は二年ぶりの開催になりました。
今年は地域の方々が構想段階から練りあげて完成した交流施設「山がっこ」も完成して、記念すべき祭となったようです。

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恒例の「果報だんす」と「そば切り」の振る舞いには待ちきれない参加者の長蛇の列。
300食を用意されたそうですが、この調子だと来年は500食の用意が必要?

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でも、裏方では当日も準備が大変。この祭りは一ヶ月前から準備を始めていたそうです。

料理の懐かしさとアイデアのすばらしさにいつも感動をもらいますが、なにより京津畑の皆さんの温かさに触れて参加者は「来年もきたいね〜」という気持ちになるのだと思います。


当日は各地で収穫祭が催され、晩秋のイベント盛りだくさんの日でありました。
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2011年11月14日

がんばろう岩手「将棋の日」

公益社団法人「日本将棋連盟」が将棋普及のために行っている最大イベントが今年は岩手県で12日(土)と13日(日)の二日間に開催されました。

私は現在は将棋は指しませんが、一関地区にある「一関ごきげん支部」のメンバーの一員に混ぜてもらっているおかげで12日(日)は地元で開催された「三世代で親しむ将棋教室」と盛岡市での「プロ棋士との交流レセプション」に参加してきました。

盛岡での開催は3年前から決定していたそうですが、はからずも東日本大震災があり、被災地中心に将棋教室会場が割り当てられるなど、がんばろう岩手のスローガンとともに開催された特別な将棋の日になりました。島九段には開催にあたり大変なご尽力を頂いたことが谷藤市長からの祝辞で紹介されました。

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【渡辺竜王が笑顔でマイク】


大東町摺沢で行われた将棋教室には 渡辺 明 竜王王座島 朗 九段山田久美 女流三段が来て頂きました。参加した子どもたちは20年後くらいに写真を見て、「あんなビッグネームの人たちと一緒に将棋を指して一日を過ごしたんだ」と後になって驚く記念の日になる思います。

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【島九段と名詞交換、どこでもペコペコ】


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【レセプションで森内名人と】


会場には 谷川九段や佐藤康光九段など実力者が勢揃い。
実力で頂点を極めた方々は常人とはかけ離れた独特の雰囲気を持ってました。
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2011年11月13日

熟議の国会はいずこへ?

APEC会議前のドダバタTPP参加劇。

玉虫色の発言で調整をつけたつもりの野田首相の実質的TPP交渉参加表明であったが、肝心のハワイのAPEC会議ではTPPの大枠を決める会議に日本は呼ばれなかったというお粗末の限り、大失態。前回のAPEC会議ではオブザーバーで呼ばれたというのに。何のための首相発言だったのだろうか?

国内では丸く収めたつもりだが、どっこい海外ではまるで首相の覚悟は見透かされ評価されていなかったということだ。これで日本の政治の評価はぐんぐん低下の一途をたどるばかりである。情けない。

国会でもまとまな審議せず、首相も態度を明らかにしない等、この政権は民主主義を退化させている。

TPPへの交渉参加の議論は国内の生活基盤を揺るがす大きな問題であったが故に熟議の上にも熟議を重ねるプロセスが大事ではなかったか! 大見得をはって言った熟議の国会はどこへ行ったのか?


それにしても首を傾げざるを得ないのは民主党内のTPP反対勢力の人たちだ。参加と言明しなくてよかった。わが方の勝利とはどういう認識か! あの反対行動は単なる党内のガス抜きだったのか。
まったくもって理解不能である。

我々は4次補正予算を農業部門に予算をつけたところでもう騙されない。
このTPP参加議論で農業も海外で勝負せよ!など無責任なことは絶対に言えない。どう考えても土地利用型の農業は壊滅的な打撃を受けることは必至。すなわちそのことは農村社会の破壊につながる。参加表明してから後付けで何とかなると思ったら大間違い、認識の不足も甚だしい。


食の文化が滅びるとき、日本の文化も滅びると私は信じて疑わない。



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2011年11月10日

国保藤沢病院「地域ナイトスクール」

一関市との編入合併で藤沢町民病院から市民病院となった「藤沢病院」。
地域包括ケアシステムが見事に機能し、地域の命と健康を守る「藤沢病院」は地域医療実践病院として東日本地区では最先端の病院です。

創立時から継続している地域住民に対しての「地域ナイトスクール」に参加してきました。

ナイトスクールというと何か夜の時間帯に病院側が事務的に一方的に病院の現状を説明するイメージがしますが、さにあらず。

病院管理者(院長先生)、担当の医師、薬剤師、事務局長が患者の立場に立って、説明と意見交換をします。

特にも、佐藤元美院長は患者輸送バスの待ち時間やら、院外処方の件やら、訪問診療の件やら、本当に親身になって地域住民に説明する姿をみて、これぞ地域密着型の信頼される医療という強い印象を受けました。

地域包括ケア(医療と介護福祉の連携)が成功しているところは、病院長が福祉の世界に飛び込んでいく信念と行動力がある所。ここ藤沢病院はその一つです。賞賛すべきはナイトスクールを開院以来欠かさず継続してきたこと。誰のための医療なのかサービスの提供側は最初から認識の度合いが違うということなのでしょう。

東日本大震災発災時に、病院のライフラインが停止し、入院患者の食事の調達も危ぶまれた中、藤沢地域の人が率先して燃料や食材を提供したそうです。どれほど病院と地域の人々が信頼の絆で結ばれているかがこの事実でよくわかります。

地域医療とは言葉では簡単に言いますが、介護と福祉との連携まで実践にたどり着けるのは至難の業。されど本県ではこれだけ県立病院の医師不足が顕著になり診療科の閉鎖が相次ぐ中、これからは医療と介護、互いの人的資源を有効活用する道を進んでいくしか私は道はないと思います。縄張りを捨て協力すべき糊しろの巾を広くつくる努力が必要です。


ところが、県が進めた民間移管が、一方で地域医療を支えるモデルが音を立てて瓦解していく姿もあり、この皮肉めいた現実と藤沢病院を同時に重ね合わせて見るときに、真の地域医療を創造していくには、やはり患者、地域民の立場に立脚した病院と地域との信頼がなくてはならないと再認識をいたしました。
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2011年11月08日

平泉の世界文化遺産登録を祝して

本日「平泉の文化遺産」世界遺産登録記念式典と祝賀会が平泉町で賑々しく開催されました。

あらためて、この間の関係者のご努力、特にもケベックの悲劇から3年の間の並々ならぬ活動に心から敬意を表します。

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【近藤誠一 文化庁長官】


本日の式典では、近藤誠一文化庁長官からパリでのユネスコ会議の模様や今後の平泉の文化遺産の課題について講演がありました。示唆に富む内容でありましたのでご紹介します。


3年前のケベック会議において、登録延期という苦杯をなめてから本年の登録に至る要因となったのは

・苦渋の選択であった構成資産の絞込みを行ったこと
・高校生の英語スピーチコンテストの実施等、民間レベルでの気運醸成に努めたこと
・近藤長官が「世嬉の一」で餅膳で「果報」を引き当てたこと(今でも果報の木片を大事にしている)

何より 世界遺産とは何か と市民が自分の力で考え行動したことが最大の成果である要因である。

平泉の文化遺産が世界遺産登録になったことにより
日本人の文化・思想・価値観を世界に知ってもらう橋頭堡になったのではないか、すばらしい契機となった。

特にも次の4点は平泉が見事に体現化している。

@ 日本人の持っている自然観、「人間は自然の一部」であるという思想。自然の猛威も自然の恵みもありのままに受け入れる。西欧社会の自然を征服、人間至上主義で自然を超越してきた歴史とは全く別の価値観

A あいまいさを受け入れる。善悪を明白にしない文化。目に見えないストーリー性。
B 絶対的な平和思想。味方も敵も共に供養する。
C 多文化の吸収と洗練化。禅や茶道も元来中国の起源であるが、日本独特の進化を経ている。

今後の課題は

・資産の安定的な保全
・価値を守ることの重要さを維持・継承していくこと
・残る5つの資産の追加登録 - 日本の思想をさらに理解せしめるために必要不可欠


近藤長官のご尽力に対しては本当に頭の下がる思いであります。

ようやく成就した世界遺産登録、菅原平泉町長が式典の挨拶で述べられたように、これからがスタートラインに達したと心新たに、先人の思いを今に生きる我々が継承していかねばなりません。

すばらしい祝賀の一日でした。
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2011年11月07日

花泉診療所問題で「集中審査」

先に書いていた「集中審査」が去る11月4日に行われた。

今回は全会派(1人会派も含み)質疑答弁時間を入れて30分ルールを適用。
ということは質問時間は正味15分程度。

10月9日から花泉診療所では入院患者を拒否していることが審査開催の理由である。その後、民間移管を受けた医療法人「白光」が報道機関に対して、採算面などの理由で「入院患者は今後とも引き受けるつもりはない」とのコメントを発していることが審査の重大性を増すことに。

集中審査には知事、副知事、保健福祉部、医療局に関係する職員が出席。

地域政党いわてを代表して私が質問しました がっ・・・・

当局は「白光」側から真意を聞かずに審査に臨んで来るという、議会に対して全く不誠実な対応。
これには私は怒りちっ(怒った顔)心頭! 質問の最初からヒートアップ。

このことによって、知事答弁は「医療局が今後、常勤医を確保するよう白光に求め、医師が確保できればベッドも確保できるので問題ない」の吾関せず答弁を連発する有様。


医療局も県医療から自らの意志で撤退し、民間移管という三段跳びの離れ業を演出した事の重大さもどこへやら、「もはや私たちの手から離れましたので・・・」的答弁に終始。

議論は全く深まらずに終わりました。これは審査に臨む当局の怠慢が原因。


私はあきれ返るどころか、花泉地区住民のことを考えると怒りと悲しみが交錯。


花泉診療センターの民間移管は知事以下が地域医療を支える先進モデルともまで言い、採決に臨む前には県が責任をもって(医師の派遣も含み)面倒を見ますとまで言い、暗礁に乗り上げたら知りませんでは話にならない。

先進モデルにするなら、石にかじりついても県が支えるのが筋のはず。

私たちは県へは一時的な県管理を含めた早急な対策を求めているが、

答弁で壊れたテープのように繰り返された、知事はじめ「医師さえ確保できれば問題解決」という実態に即してないロジックを持ち続けている以上問題解決の道は誠に険しい。
posted by 飯沢ただし at 16:44| 岩手 ☁| Comment(0) | My Opinion 【意見を申す】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする