2011年05月31日

こんな心遣いが嬉しい

「心は見えないけれ心遣いは見える」

「ポポポポーン」と共に飽きるほど震災後に見かけるテレビCMのフレーズですが、
そんな心遣いが見れる風景が我が家の近くにあります。

実は、ずーーーっと気になっていた看板で、一関市東山町長坂の名勝「げいび渓」近くの県道にあります。

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今日、午後に磐井農業共済組合の総代会に出席する途中でパチリカメラ

この看板は大船渡市や陸前高田市から一関方面に向かう県道にありで、ちょうど災害ボランティアの方々や他県から被災地応援に来てくれた車の帰り道に設置してあります。ちょっと文字は小さめですが必ず目目にとまります。

こんな看板を見ると心がほわっ黒ハートとしますね。


感謝の心がないと出来ない仕事です。すばらしいと思います。


ここ最近イカツイ投稿ばかりでしたので、月替わりを明日に控えてこんな記事でも。
そういえば明日から衣替えですね。
posted by 飯沢ただし at 23:22| 岩手 ☁| Comment(0) | ★We shall revive ! 【必ず復興】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月30日

大震災からの復興B環境首都いわて

増田知事の時に「環境首都」というキーワードがあった。

次世代エネルギーと森林県岩手の可能性をコンバインさせた環境政策をシンボライズものだ。
スウェーデンのベクショー市と提携し、地域完結型のエネルギーサイクルを目指し、木質バイオマスの普及に力を入れた。県の工業試験場にぺレットストーヴの開発も政策の一部に盛り込んだ。だが、なかなか一般家庭まで普及が行き届かなかったのは最終的にはコストがネックになったからだ。

知事が変わり、今は「環境王国」ということになっているが、首都を王国に看板を変えただけで、具体的な政策はなし。せっかく芽が出た木質バイオマスの熱は急激に冷え込んでいる。


エネルギーに関して大きな意識の変革の期が来た。
安ければ良いといった今までの価値観は大きく転換されたといって良い。

自給可能なエネルギーと最新技術を組み合わせた「新・環境首都」を目指したい。
岩手県にとっては蓄積してきたノウハウを開花させる機会を徹底的に活かす時である。

ここで陸前高田市を想定して考察してみよう。

ベクショー市のようなバイオマスを強力に押し出した自己完結型のエネルギー循環タウン目指すこととしてはどうだろうか。

燃料は木質系を中心にした熱供給や発電も視野に入れる。
スマートグリッドの技術も積極的に取り入れる。
木質バイオマスに関しては隣接の住田町にはチップ生産拠点もあるから物流コストも安価で済む。

最近は「藻」を生産してジェット燃料に活用するという技術もある(地域政党いわての亀卦川議員が提案)ので新機軸の産業として拠点付けをする。

陸前高田は海岸地でありながら気仙杉で有名であり、林産物のネームバリューを未来志向に活かすこともできる。

これらをコンバインさせた森林県いわてを前面に押し出したバイオマスタウンを創る。この拠点づくりと同時に国や県の研究試験施設も併設する。


街を牽引する主要な産業を欲していた陸前高田市。
漁業だけでなく50年先100年先を視野に入れたまちづくりを、いまそこにあるものを活用する。そして科学を応用して開発する。

ネックとなってきたコストは今回の災害で在りようが見直されるのは必至。拠点をつくればエリアが広がり、結果としてコストは下がっていく。

この期に岩手に相応しい「まち」を一つでも多く創ってみたい。


もっとも大事なのは、言うまでもなくリーダーに本気でやるかどうかの意志があるかどうかにかかっている。

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2011年05月29日

宮城の復興原案

宮城県の復興第一次原案

宮城県は県の強力なリーダーシップの元、早くも復興・第一次原案について内容を固めた。

その中でも「水産特区」は大きな目玉である。

今朝の河北新報では、県が政府の復興構想会議に特区申請を盛り込むように要請した「水産特区」が知事が「民間投資で復興」を提唱し、法人も県漁業と並んで漁業権を得られるように民間資本を活用する案に対して、漁協からは「地域荒廃に直結」会社組織は漁業に合わないとして猛烈に反発していると報道されている。

既存の枠を越えて権益を犯される可能性に対して反対が出るのは当たり前。
問題はこれから両者が対立点を軸に建設的に議論できるかどうかにかかっている。

村井知事が大震災を契機に未来型の漁業を創造するという意思をいち早く示したことは、私は評価したい。なにもしないのとは1000倍以上の価値がある。

未来復興に向けて真剣に議論し、県民や国民に対して宮城はこのように目指したいということが様々なところへの導火線、突破口となりうる可能性を持つ。く宮城は未来志向で積極的という印象が漁業だけでなく民間の参入の意思決定を容易にする。

本県は何につけても「被災地市町村の意向を尊重し・・・」という待ちの姿勢。
県の意向を出さないのか出せないのか県の姿勢が分からない。

私は常々、「宮城県の被害は岩手県のほぼ2倍。本県の企画立案、情報発信が遅れれば遅れるほど後手を踏む」と意見してきた。

平常時の体制の行政の積み上げ方に固執する今はその時ではない。

posted by 飯沢ただし at 12:29| 岩手 ☁| Comment(0) | My Opinion 【意見を申す】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月28日

もっとデッカイことを考えようよ

昨日、県議会の「災害対策調査特別委員会」が開催された。

執行部からは現在の復旧状況と復興計画について説明がなされ、その後に質疑・意見交換という進行であった。

3.11から約3ヶ月にならんとする今、被災地のニーズんも日々変化しているし、短期的なもの中長期的なもの問題は整理されつつある。

議員は各々が把握している問題を県に対して見解を質し、事実関係と照らしながら是正を求めるという場面が多かった。

私が気になったのは復興に関して。

配布された資料にも県が示す「復興」には主体的な意思が未だに感じられないこと。

これからも県は復興に関して復興委員会の主導でいくのだろうか?
マスコミ方面から復興委員会の小委員会で「県の存在が見えない。」と厳しい意見が複数出されているとも聞く。


昨日の委員会においても当局答弁でこんなことがあった。
県は、復興グランドデザインが固まるまで被災地の水を被った地区においては、新たな建物を建設を控える条例を制定して下さいと県が被災地自治体に依頼行脚をした経緯があった。

ところが自治体からは自己判断に任せて欲しいという声が高まると「最終的には自治体判断ということで」と煮え切らない態度。
その証拠に「自治体側から要請がありませんので建設許可は出さざるをえません」

全く一貫性のない役所の防御答弁に終始。

こんなことでは創造的復興どころか復旧対策でおしまいになってしまう。

県自らがグランドデザインを示さないから下部組織は自然とこういうことになる。
セクト主義や防衛主義が横行する。


被災地のまちづくりについては、すでに高齢化社会が急進する沿岸部であるので、なおさら国に対して産業育成の特区構想など積極的に情報発信していく必要がある。

資料にあった「目指すは世界に羽ばたく三陸地区」の文字が空々しい。
posted by 飯沢ただし at 23:57| 岩手 ☁| Comment(0) | ★We shall revive ! 【必ず復興】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月27日

当然の意見

一昨日に開催された「第4回東日本大震災復興委員会」で復興計画、ビジョンの策定に向け、計画の期間や基本目標について意見交換をしたと報道された。

野田武則釜石市長の代理として出席した陸前高田市の戸羽市長から、これまでの計画策定のプロセスについて「現実と乖離」していると述べたことが大きくフューチャーされている。

具体的には、

1.復興計画期間が10年から一気に6年に根拠なく短縮されたこと
2.防災と減災についての考え方
3.被災地の意見を組み入れない県の姿勢

新聞報道によればこの3点について戸羽市長は意見された。


被災地を与る自治体の長としては、ただでさえ屋上屋を重ねたと思われる復興委員会において地に足がついていない議論が目の前で展開されて黙ってはいられなかったものと推察する。

現在県が事々左様にグランドデザインに関して意思決定が甘く、かつ一歩も二歩も後手を踏んでいることがこのような結果を招いているものだと私は思う。戸羽市長の発言は出でて当然の結果である。


はたして、岩手の知事は被災地自治体の首長と非公式にどれだけ会って話をしているのであろうか?

「県ではこんな風に復興について考えているがどのように考えていますか?」
こんな基本的なやりとりさえやっていないのではないか?

表で話せないことも当然あるだろう。お互いの意思を確認し、県と被災地自治体が無駄のないように(お金も労力も)構築させいくことがトップリーダーの責任ではないのか。特にこの非常時においては。


戸羽市長の発言によって、県と市が全く意思の交換をしていないことが明らかになった。


釜石市や陸前高田市は独自で街づくりについてアクションをすでに起こしている。県の悠長な委員会に振り回されていたのでは遅くなるだけと判断したのだろう。

ただでさえ県の役割が問われている現在の地方自治において、今こそ力を発揮する時なのに市町村からの信頼を損ねて自殺点を重ね続けている。

こんなことを黙って続けさせてはいけない。
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2011年05月26日

「いわて」通常総会が開催される

地域政党「いわて」が結党して1年。
22年度の活動報告の承認や23年度の活動目標を決定する通常総会が25日に盛岡市内のホテルで開催しました。

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【開会後に挨拶する私】


本来であれば総会は昨年度中に行うべきところでありましたが、統一地方選挙に向けての新人擁立作業等に時間を優先的に回した経緯があり、この時期になったこと。また、党員、サポーター、来賓をお呼びして賑々しく開催するところでありましたが、東日本大震災後ということもあり、党役員中心で開催することとなりました。

23年度の運動方針について、特に政策活動においては「東日本大震災」に関する復旧・復興活動を主眼に活動を展開していくことが確認され、

総会とは思われないほど、活発な意見が交わされました。

1瓦礫撤去

2自然エネルギー

3観光振興

4市町村行政支援

については重点的に強力に活動することが確認されました。

後日「地域政党いわて」のHPに詳細に発表されますので是非ご覧下さい。

震災後、政治活動も自粛ムードが漂う中、我々の活動も被災者支援中心に個人毎での活動をしてきましたが、今後は政党しての活動、特に政策活動には県民に目に見える形で行っていくこととしました。


今年は我々がステップアップする試金石の年度になります。
総会では市議会のメンバーからも積極的な意見が出され、有意義な総会でした。

あとは実行に移すのみです。
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2011年05月25日

県が示した津波防災3基本型

県が示した津波防災3基本型

県は「回避」「分散」「抑制」の津波防災まちづくりの3つの基本型を提示した。

確かにこれは被災自治体の街づくりの議論のたたき台となると思います。


津波防災は然り。やらなくてはいけません。


しかし、最も大事なのは街に人が住むこと。生活する糧を置くこと。高齢化社会が急激に進行していた沿岸部でどんな産業を柱にするのかが大事なポイントと考えます。


防災対策と産業の植え付けは同時に自治体や住民に議論できる材料を提供しなければなりません。

それこそが県の役目です。
posted by 飯沢ただし at 00:30| 岩手 ☀| Comment(0) | ★We shall revive ! 【必ず復興】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月24日

大震災からの復興A日本の未来は東北へ

歴史を紐解くと人類の発展の道筋は、最初の繁栄地から自らの影響の及ぶ範囲を広げ、次なるマーケットを貪欲に拡大することにある。

・アレキサンダー大王の東方遠征
・ローマの領土拡大
・アメリカの西部開拓

日本も文明が西から伝播されるに呼応するように東の方角に人の移動が進んでいった。

人口が増えれば食糧を求め、開墾し、定住する。自然の流れでそうなる場合もあるし、鎌倉幕府や江戸幕府のように政治拠点を移すような政治的な要因もある。

東北地方はついこの前まで、中央政府に必要な鉱物や食料、労働力の供給に甘んじてきた。
だが、地政学的にもこのような歴史的な背景からも、「今に見ていろ」次なる未来は必ず東北に光あり。と勝手に漠然とは思ってきた。

そこで起こった今回の2011.3.11 東日本大災害

正に未曾有の大災害によって東北は物理的にも精神的にも大きなダメージを受けた。
被災地を幾度か訪れ、天の仕打ちの非情さに絶望に近いものを一時は思った。

しかし、硬直していたさまざまな流れを大きく変える機会でもある。

無論、被害を受けた方々の犠牲の上に立ってという前提は織り込むことは当然のことであるが。

そこで第一に考えなければならないのは、
どのような産業を柱にして東北の未来を創造していくかに尽きる。

原料加工や部品調達のようなものでない根っこの深いやつだ。
産業は利益も必要だが、じっくりと思考する東北人の気質にあった産業だ。

エネルギーもライフスタイルも3.11以前と3.11後に変わっていくに違いない。

案外、温故知新からヒントが掴めるかもしれない。

この続きはまた・・・

posted by 飯沢ただし at 23:57| 岩手 ☀| Comment(0) | My Opinion 【意見を申す】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月21日

2016年岩手国体開催

昨日、県体育協会の評議員会が開催され、先に達増知事が「予算と人員の確保が困難」として2016年の開催は困難との認識に対して評議員から開催を求める意見が相次いだ。との報道がされている。

昨日も知事は繰り返して災害対応に人員と費用がかかることを延期の理由にあげている。

極めて、想像力のない発想ではないか。

知事は常に県民力の向上を話していたはずであるが、災害でダメージになっているときこそ県民の意気の高揚のために5年後を目指して頑張っていこうというメッセージがあって本来しかるべきである。

首を捻りたくなるのは、「個人的にはやりたいが・・・」という発言。

やりたい意志があるなら工夫をすればよい。
人員が足りなければ集める工夫をすればよい。
お金が足りなければ集める努力をすればよい。

既存のスキーム上でしか考えないから、単純に出来ないという結論に達するのだ。

5年後に完全復興とはいかないまでも、岩手県民は県民力で新しい岩手を創造しましたと内外にアピールできる最高のステージだと私は思います。

これから県議会でも議論が出るところですからしっかりと主張していきます。
posted by 飯沢ただし at 10:41| 岩手 ☁| Comment(2) | My Opinion 【意見を申す】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月13日

名古屋の腹はドエリャー太い

3月11日の震災日に庁議で被災地への職員派遣を決定した名古屋市。

名古屋市からの派遣職員の方々は私と同じ町内会にある宿【富二屋旅館】に泊まって、陸前高田市への支援を行って頂いておりました。何でも陸前高田市は壊滅的な被害を受けたということで集中的に支援を行うこともいち早く決められたと聞きました。

決断のスピード感に敬服するとともに、職員の数も約30名と半端な数でないことに市長の腹の太さに驚かされます。

本日、川村たかし市長が岩手県を訪れ、宿にいる職員の激励のみならず

なんと【富二屋旅館】さんの別棟に

「名古屋市被災地域支援本部」を設立しました。

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【看板の字は川村市長の直筆】


なんとその支援本部は私の家から200mほどの近距離です。

川村市長は名古屋市の派遣職員は約一年ほど岩手一関市に留まり、支援を継続することも言明されました。

川村市長には陸前高田市に対して、特にも産業支援を私からもお願い申し上げましたが、トヨタなど自動車関連の産業集積が進んでいる名古屋市と交流を図りつつ、産業の柱立が陸前高田市に構築できればと願っております。

こうしたご縁を大事にして、被災地のバックヤードにいる私たちも何かを結びつけて前進しなければならないと心新たにしたところです。


テレビでよく見る川村市長は、会話の端々に「減税を否決した議会はなっとらん、どうしようもにゃ〜」おなじみのフレーズが入って来るのでありましたわーい(嬉しい顔)

posted by 飯沢ただし at 23:59| 岩手 ☔| Comment(0) | ★We shall revive ! 【必ず復興】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする